今日は職場に
新しく来られたスタッフさんの
歓迎会でした
自分が幹事を任されての会だったのですが
結論としては
いやあ~やってよかったな~
という感じです!爽
何を隠そう
僕の職場は
なかなかピリピリした
というか
独特な重苦しいムードが
根底に流れています
職場の性質上
あまりざっくばらんに
私語を話せる空気がなく
各人が心を通わせるコミュニケーションが取りにくく
仕事上のやりとりだけで
一日が終わってしまいがちなんです
そんな中
こういう宴会企画というのは
ちょっとぎこちないムードを湛えながら
進行します
始まる直前も
さあ、みんなで楽しもう!
というノリもなく
所定の時間に
バラバラと集まるという
日ごろのテンションを引きずったままの
スタートとなりました
さて
いざ始まってみると
やっぱり
「イラッと来る」瞬間が多く
なぜ気の合う仲間としゃべるように
気持ちよくしゃべることができないんだろう…
と
不満を感じていたのですが
いやいや
ここで癇癪をおこしてはいけない
と
常にその気持ちを引きずらずに
会話することを心がけました
すると段々に
この人はこういう人なんだ
と思えてきて
また
嫌なことばかりいう人ではなく
けっこう共感できることも言っているな
と思えてきて
最後には
楽しい酒
に変わっていました☆
結局のところ
最初のうちは
相手がわからないがゆえに
自分自身のわがままな自己主張が激しくて
思ったように反応しない相手に
不満を感じていたのでした
相手が気持ちよくしゃべっていることに
自分と違うからといって反感を持たず
そうなんだと思って聞いていると
相手からの敵意を感じることもなく
また相手が自分に対して
不満げな態度を取ることにも
同じ構造を感じて
その人も僕の意見を受け入れられずに
苦しんでいるんだ
と思うと
平静に会話を続けることができました
思いやりとはなんなのか
先日の大阪授業から
ずっと考えている課題ですが
その人が気持ちよくしゃべれるように
共感できる話題を差し向けてあげると
その人もハッピーな上に
自分もさほど悪い気分ではないな
と思いました
また
厳しい環境の職場で働く皆が
それぞれに
自分なりの前向きな思いを持っているんだ
ということもわかりました
そして
そこで長く働いている人たちに
男女差を超えた柔軟性
というものを感じました
時間というものは
人間の念が作り出すもの
嫌なことがあっても
そこにとらわれず
嫌な人がいても
そういう人間だと決め付けず
常にフラットに考えられるような
柔軟性を感じました
「男はこうだ、女はこうだ」
という会話をしながらも
容赦ない批判が多くてもどこか男性的なサバサバ感を持った女性
逆に、こだわりの持論を展開しながらも女性的な寛容さを持った男性
長く勤めている人ほど
そういうバランスのようなものを
感じました
まさに
この世の不思議さであり
また面白さでもあるな
と思いました
僕らは生まれた時から
とにかく「男の子はこうあらねば」
「女の子はこうだよ」と
いかにも限定的なイメージを
植えつけられるようにして
生きていきます
また自分でも
世の中が
とにかくそういう
「固定的なイメージ」のものばかりに
見えます
ところが
そういう念に囚われていると
段々うまく生きていくことができなくなり
やがて打ちひしがれて
真実に気がついていく
そんな気がします
誰とでも心穏やかに会話できる
そんな理想に
一歩近づいた気がする夜でした
つづく