先日の大阪授業で
ホメオパシーは
「ホメオパシー的な見方をする」ということではない
というお話がありました
例えば患者さんを診る時に
その時は
「ホメオパシー的な見方」をしよう
というように
「ホメオパス」という職業をこなすために
必要な特殊能力ではないというわけです
「人をありのままに見る」
それは
我々がより自分の人生を
素晴らしく生きていこうとする時に
通らざるを得ない道
他の仕事でも実は
全く同じことであるが
ホメオパスの場合、それがダイレクトに
スキルそのものである
というのです
「人をありのままに見る」ことができなければ
始まらない
物事を本質的に見る
普遍的な本当のリアリティーを見ていく
ということが必要になる
と
自分の現在居る場所に
勝手に自己満足しない
ただ今の自分を否定するのではなく
かといって開き直るといけない
それは
ある意味とてもやさしく
そして厳しいことだと…
誰も結論を決めることはできない
物の道理に身を委ねるしかない
~~~
確かに実生活の中で
日々ひしひしと
感じることでもあります
例えば会社に
どうも自分とは合わない人がいます
果たしてその人を憎んだり
避けたりすれば問題は解決するのか
自分は本当にその人がきらいなのか
よくよく考えると
その人のある態度を
自分がイヤだと受け取っているのではないのか
その人はその人として
ただ生きていて
僕がそれを見て
勝手に怒り、それを相手にぶつけるのだ
そう考えると
どこまで自分勝手な振る舞いなんだろう
と思えてきます
ただ
それを無理に自分に言い聞かせて
そのように振舞っても
どうしても相手を憎んでしまう
というのであれば
自分に嘘をついているので
それも何か違うんじゃないか
そんなことをあれこれと
考えます
考え出すとキリがない
しかし答えは出ない
というよりも
出した答えが正しいのかどうか
わからない
なぜなら
「誰も結論は決められない
物事の道理に委ねるしかない」
から
だから社会生活においては
「それは正しい、間違っている」
と
何かしら誰かが決めてくれるとわかりやすいんですね
突き詰めれば根拠なんて
あるのかないのかわかりません
何かの基準に従って
簡単に判断するくせをなくしていくと
物事や人の
ありのままの姿が
徐々に見えてくる気がします
日々是(これ)ホメオパシーです
笑
つづく