昨年の秋頃から
タイのヨガといわれるものを
習っています
恐ろしく体の硬かった自分が
徐々に柔らかくなり
段階が進むに連れて
ヨガの道においても
本質的な学びに
一歩一歩近づいている
ような気がします
以前ご紹介した「ブッタとシッタカブッタ」
という漫画の中に
「体の運転の仕方を知っているブッタ」
というのがあります
ブッタ(仏陀)が
「今から私は右手をあげる」
といって
サッと右手をあげるのです
観衆はそれを見て「おお~」と
どよめくのですが
そんな簡単なことに
何の驚きがあるのかよくわかりませんでした
しかしヨガを深めることで
それの意味するところが
なんとなく感じられてきました
毎回
教室が始まる時は
けっこう頭の中がざわついていて
呼吸を整えて動作をしながらも
あれこれと日常的なことを考えています
体は先生に言われた通りに動かしていますが
ほとんどそのことを感じていません
しかし
時間と共に心が沈静化していきます
すると
頭が体の感覚に集中し始めます
それでも
目を開けていると
弱くというか
ある一定の範囲内でしか感じられません
そこで目を閉じます
すると
頭は体の感覚(であろうもの)を
とても感じます
と同時に
(調子がいい時は)
頭…というより心が
体の枠内ではなく
もっと大きな範囲に広がっている感覚がします
だけれども
グーっと伸びる筋肉の痛みや
内臓がよじれる感じがします
つまり普段より明確に
心と体が別々だという感覚がします
ただ
目を閉じていると
抵抗(痛み)がある部分しか
「体がある」とは感じません
先生は言います
「伸びようとする足を掴んで
引き戻そうとする手と拮抗させてください!」
そしてその対立を感じろ…と
ぎりぎりまでガマンして
それでもさらに引っ張れ!と
限界の限界まできて
大げさに脱力!
ふ~~~~っ
と
その瞬間
体に温かい血が
ザーッと流れ
えもいわれぬ平和が訪れます…
あ~~~
気持ちいい~~
と心底思います
限界まで対立することで感じる
大きな平和
目をつぶっていると
対立させている時は
体の範囲を超えることはできない
ところが
平和が訪れると
体の枠を感じません
そして必ず
抵抗を与える前よりも
体がちょっと楽に動かせるようになります
体は
まるで自分というものが
「その範囲内のみの存在」であるかのごとく
錯覚させるもの
ヨガなどの本質は
その錯覚を解いていくことだと思います
体によって自分が限界に閉じ込められるのではない
自分が体の動かし方を知るのである
そう思います
つづく