先日(1/13)のブログに書かせてもらった
ライブで振付師をしていた
舞踏家の方と
「ダンサーズVS民族楽器隊」で
実験的なセッションをさせてもらいました!
これまでに何度か
舞踏家の方と合わさせてもらったことは
あるのですが
今回は一味違って
「調和」と「間」という
テーマを設定し
これがなかなか面白くも難しいものでした
「調和」というのは
その方と事前に話し合った中で
出てきたテーマでした
お互いにどういったことを目指して
表現活動を行っているのか
という話で
「エゴ」の表現ではなく「調和」を目指している
という彼の言葉に意気投合するものがあったからです
もうひとつ
「間」というのは
彼が提示してきたテーマで
音や踊りがず~っと詰まっている
という感じではなく
音と音、踊りの間に「隙間」がある
しかし、たとえそこに音や動きがなくても
何かが流れている
そういう日本人的な「間(ま)」を使った
表現をしてみよう
そんなセッションだったのですが…
いざ、やってみると
これがなかなか難しい!
楽器を演奏する側にとっては
リズムが始まって
それがグルーヴしだすと
それに乗って体が動いてしまい
「間」というものがなかなか出せません
動き出すと
それが上り詰める(極までいく)までは
「増える」「詰まる」方向へと向かってしまい
行き着くところまで行って
バーン!とはじけるように
一気に音がなくなる(逆の極へいく)
そしてまたじわじわと
音が立ち上がってくる
そういう「緩急」というか
「オン・オフ」みたいなところから
逃れられなかった気がします
手を替え品を替えあれこれと
やってみましたが
結局はそれを繰り返していたように思います
しかし彼が提案した日本人的な「間」とは
そうではないと思います
能のような、ゆっくりとした動き
あるいは静止した中で
明らかに張り詰めた何かが躍動しているような
そういう「充実した無」のようなものを
目指したのだと思います
思えば
自分にはその「間」が
なんなのかがわかっていませんでした
音を出さずに音を鳴らすようなこと
その「間」を充実させるようなこと
それはよほど肉体を離れたところに
集中しなければ表現できない気がします
わずか2時間のセッションでした
結果的にその場にいたメンバーで
ある一定の「調和」に近づくことはできましたが
それは「間」を表現できた上での調和ではなかったように思います
結局、ほとんどこれまで自分がやってきたアプローチを
そのまま出した形になってしまいました
いやあ~
まだまだ勉強することがあります
いい経験をさせていただいたことに
感謝
そしてまたリベンジの機会あることを
願っています!
つづく