この学校ではよく「ホメオパシーはレメディをみつけることではない」といわ
れます
その意味は頭ではわかっているつもりでしたが
先日、大阪での解剖生理病理の授業の後
天井先生や先輩方に
リアルな現場でのお話を聞いて
その言葉の意味がさらに深くわかってきたような気がします
ホメオパスとして実際に働くことになった時に
求められるものは何なのか?
患者さんは普通にお医者さんにかかるように
「病気を治してほしい」
といって来る
すると
それに対して具体的に何かをしていくしかない
ということですよね
そうすると
とにかく全身全霊をもって
その人を「診る」しかない!
その人がいったいどういう状態なのか…
どうすれば治癒の方向に向かうことができるのか…
自分に何ができるのか…
五感、あるいはそれ以上の感覚を研ぎ澄ますしかない!
勉強の場での
自分がホメオパシーをどう捉えるか
レメディをどう覚えるか
という話とは違うわけです
それを
現場のリアルな話を聞いて
自分事として考えると
頭でわかっていたつもりのことが
なるほどな~と
より実感を伴ってくる感じがしたのです
ホメオパシーの勉強法として
世界中の有名なホメオパスが提唱している
いくつかの特定のメソッドがあって
それに当てはめると
一見とても簡単に勉強ができそうな気がします
しかしこの学校では
初心者のうちからそればかりを勉強するのは危険だ
と教わります
本来そういったメソッドは
ホメオパスとして十分熟達した人が
結果的に辿り着いた方法論であって
使う方も熟達している必要がある
初めからそれだけを勉強すればいい
というものではないんですね
このことは
実際の現場を想像するとよくわかりました
難しい勉強が少しでも「簡単になる」ようなことは
とても魅力的です
しかし現場で求められることは
ひたすら一人の人間…他の誰でもない
世界でたった一人の人…
いろんな性格、態度、考えを持った人を
ありのままに近くみることです
つまりそのメソッドに心を奪われ
それがあたかもホメオパシー(レメディ探し)
のように思ってしまっては
患者さんには何の役にも立たない
ところへいってしまいかねない
ということですね
実際、相変わらず「ホメオパシーとはなんなのか」
そのしっぽがなかなかつかめない自分にとって
「メソッド」というものはかなり魅力的で
そこから入ってもいいんちゃう?
と、ちょっと思っていたんですが
結局そんなことより
人として器を広げることの方が
よっぽど大切なんですね
自分が勉強するのに都合のいい方法のことを
考えてる人間と
いろんなことに理解力のある「頼りになる」人間と
どっちが患者さんの役に立つのか
という話
これは前回のラジオの話と同様
自分を見てるのか人を見てるのか
ということだと思います
というわけで
自己満足の誘惑に負けず
いつか何かが立ち上がってくるのを
待つことにします…
つづく