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2008年09月 アーカイブ

2008年09月02日

気持ちの問題

今朝職場のトイレに入ると
便器がけっこう汚れていました
そこでトイレットペーパーを使って掃除をしました

そしてキレイになったトイレを見て
高校時代に教科書に出てきた話を思い出しました
それは、どこかの店に修行にいった主人公が
まずはトイレ掃除を徹底的にさせられて
「なめられるようになるまで磨け」
と言われる話でした

そこでふと思ったのですが
どれだけきれいにしても
便器をなめられるものでしょうか?
同じ陶器でも
お茶碗と便器ではずいぶん印象が違います
もし作りたてのお茶碗と便器があって
お茶碗をなめろと言われたら
すぐにできると思うのですが
便器となると
いくら作りたてだとわかっていても
かなりためらうのではないかと思います

あ、今更ですがあまりキレイな話ではなくて申し訳ありません(苦笑)
とにかくそんなことを考えていたら
これは結構おもしろいことだなと思えてきたのです
なぜ便器の形をしていたら口を付けることをためらうのか…

それは皆が普段からそれを便器だと思い込んでいるからだと思います
とてつもなく多くの人がその形の陶器を便器だと思っているでしょう
だからそれがどうしても便器に見えてしまう
ひょっとするともうそのものに、便器としての自覚?のような
何らかのエネルギーが宿っているかもしれません

そう考えると
人の思い、気持ちの力というのはとても大きいのではないかと
思えます

他のどんなものでもそうでしょう
同じ材質でできたものや、似た形のものであっても
「これは○○だ」と決めています
例えば雑貨屋さんで不思議な形をした商品を見つけた時も
「これ何?」とすぐ考えます
そして店員さんに「マドラーです」などと言われると
「あ~そうなのか」と妙に安心します
そんなのは考えてみると
何に使おうが自由な気もします
2本のマドラーでご飯を食べている外国人を見ると
「使い方を間違ってますよ」と思わず言いたくなりそうですが
「これは有名なアーティストの作ったお箸ですよ」と言われると
納得しそうです

「気持ちの問題だよ」とよく言いますが
本当にそれはとても重要なことではないでしょうか

病気も人それぞれの根深い思い込みに起因すると言われますが
「自分はこんな人間だ」
という思い込みを払拭したいものです

今度からお店に入ったら
それが何なのか聞く前に
何に使えるかを考えてみようかな

つづく

2008年09月09日

東京・解剖授業!

週末に東京で天井先生の
解剖生理病理の授業があり
昨日、大阪へ帰ってきました

今回の授業はまた
これまでと違って
参考図書の輪読を中心とした内容でした

そして
途中で永松学長から本を「音読する」ということの重要性について
お話がありました
声に出して読むということは
視覚も聴覚も使うことになる
人が読むのを聴くのはもちろん
自分が読むとさらに自分の言葉として発するわけだから
より多くの感覚を使って理解することができる

そしてそうやって様々な感覚を使って
集中して読めば
非常に難解な本でも
徐々に意味がわかってくる
ということなのです

今回使われた本も
生命形態学序説という
非常に難解な、それでいてとても興味深い本でした

先生によるとどんな本でも100回読めば
完全に自分のものになる
ということでしたが
ん~~!
100回ですか…
考えてみると
どんなに好きな本でも
今までに100回…いや
10回すら読んだことはないと思います
いつか何かの本で
チャレンジしてみたいとは思うのですが…

ひとまず5回ぐらいを目指そうかな(笑)

つづく

2008年09月10日

昨日は左、今日は右

大阪へ帰ってくると
駅のエスカレーターに乗る時
一瞬戸惑ってしまいました
「どっちに並ぶんやったかな?」
実は大阪では乗る人は右、歩く人は左です
つまり東京とは逆なのです

これはなぜなんでしょうね?
面白いです

さて大阪の駅へ着くと
座り込んで何やら手間取っている男性に
連れの女性が
「ええ~!?何をしてはるんですか!」
とすかさずツッコミを入れています

駅のホームでは
4~5人の女の子集団のうちの一人が
身振り手振りでボケたりツッコんだりしています
いわゆる「大阪のおばちゃん」予備軍です

あ~…大阪へ帰ってきたな
と思いました

普段はなんとも思わない光景ですが
そういえば東京ではあまり見かけなかったな~と…

そう思うと
なんだか大阪の街や人が愛しく思えてきました
普段はなんか汚くて下品でイヤだな~
と思うほどなのに

不思議でした
東京ではより多くの人たちと交流を深めることができ
素晴らしい時間を過ごしたのですが
帰ってくるとそういう感覚を覚えたのです

これはきっと
海外へ行った時にもなるのだろうな
と思いました
海外に長く居ると
日本へ帰ってきた時に
とても愛しく思えるのかもしれない

そして宇宙へ出た時には
地球が愛しくなるのではないでしょうか

そう考えると
何でも外へ外へ向かおうとする
地球人の行動も
あながち悪くはないのかな
という気がしました

「何か」を求めて
駆り立てられるように外へ外へ
宇宙へ宇宙へ
そうやって地球の外へ出て行くことによって
人間は初めて地球の愛しさに気付くのかも…

普段当たり前すぎて見えなかった尊さに…

そんな気がしました

つづく

2008年09月14日

感動の卒業式 (前編)

14日は大阪校の卒業式がありました
今年は大阪2期の方々が
めでたく巣立っていかれました

僕は今回が初めての参加だったのですが
本当に素晴らしい卒業式でした
送り出す3年生の方々が主催し
会場の飾りつけや飲食物
出し物なども全て手作り!!
いつも学んでいる教室での
心温まる卒業式
その手作り感がもうたまらないものがありました

こういうお母さんならお子さんも喜ぶだろうな~
という感じ
僕も昔、色んなものをお母さんが
作ってくれたのを思い出しました

さて
まずは会場を暗くし
ろうそくの明かりの中
3期生の皆さんのリコーダー演奏をバックに
卒業生の方々が入場されました

そして
その場におられる6人の名前を永松学長が一人づつ読み上げ
学長・幸和先生がそれぞれの方のエピソードを
語ってくれました
それに答える形で
卒業生の方々もそれぞれに思いを語られました

それを聞きながら感じたことは
本っ当~~~~~に
素晴らしい人たちだなあ
ということです
それぞれの方が
それぞれの個性で
それぞれに輝き

そして楽しくも厳しい
4年間の学びを終えられ
それぞれの思いを胸に
卒業証書を受け取られている…

彼女らが額に入った大きな卒業証書を
その手にする時
僕も後ろからその重みを受け取るように感じながら
温かさと尊敬と感動と
そして誇りと
そんな思いに涙が目に溢れてきました

つづく

2008年09月15日

感動の卒業式 (後編)

永松学長は
そこに居られる6人の他に
もう一人
出席できなかった方の
名前も読み上げ
同じようにエピソードを語り
卒業証書も読み上げられました

そしてその場の誰もが
静かにそれを聴き
拍手で祝福しました

僕はその様子を見て
またまた感動の波が押し寄せてきました

その方の歩んでこられた
様々な思いというものが
拍手と共に
サーっと空に広がっていくように思えたのです

その後
在校生の皆から歌のプレゼントがありました
僕はそこでじゃんべという打楽器で伴奏をさせていただき
とても光栄でした

それから
在校生全員がそれぞれに思いを伝えました
上級生の方々が一様におっしゃっていたのが
1期生~4期生まで
長女・次女・三女そして末っ子と
姉妹のように感じていたということです

それを聞いて、そういう感覚って
大阪校の素晴らしいところだなあと
思いました

案外皆さんそうだったのかもしれないですが
気の早い僕は
つい自分が先輩たちを送り出す時を想像し
さみしい~~~
と思って泣きそうになったりしました(笑)

参加できなかった東京や海外の
先生方からもお祝いのメッセージが届きました
皆がそれぞれの思いを噛み締めながら聞きました

そして歓談の内に終宴
新たな1日に向かって
皆さんが帰られました

僕も3年後きっとここへ立つんだ
そして万感の思いで
卒業証書を受け取ろう
そしてそのためには
様々な壁を越えて学ばなければならない
一刻も早く精進せねば

そんな思いでした

こんな素晴らしい卒業式を
主催してくださった3年生の皆さん
在校生、先生方そして
巣立っていかれた卒業生の皆さん

本当にありがとうございました!

素晴らしき先輩たちへ(拍手)

2008年09月17日

レパートリーがちょっと近づいてきた…!

授業の中で先生が
「レパートリーを枕にして寝ていた」
というお話をされました

レパートリーとは
以前このブログにも書きましたが
ホメオパシーには欠かせない
分厚い辞書のような本です
それを含め全3冊の「辞書兄弟」があります
これらをボロボロになるまで読み、使いこなすことで
かなり勉強することができるという
素晴らしい教材です

ところがこれが
なかなか読めない!
難しいという印象が先に立つのか
実際の重さ以上にページが重い(苦笑)

そんなレパートリーを
先生は枕にして寝るほど
熱心に勉強されてきたということです


aconite1-1.jpg

さて
今日は恒例の同期生による勉強会でした
そして実に珍しく!?辞書類を存分に使って
お勉強をしました!
前回の課題の答え合わせに始まり
関連する事柄や
気になることを何でも
レパートリーで引き
マテリアメディカを使って
電子辞書を片手に調べました

もう、単語がいちいちわからないので
ひとつ進むのに必死で
辞書が手放せない状況でしたが
そのおかげで
レパートリーとちょっとお近づきになることができました

初めに買った時には
とにかく圧倒され、そのまま本棚行き~
という感じだった3冊が…

今は「親しんでいる」という段階です
しかしこの作業を楽しくやることは
とても重要な気がします

Aconitum_napellus2-1.jpg

そして
今までより少し近づくと同時に
3冊に愛情が湧いてきました

こうしてきっと
素晴らしく手放せない3冊になっていくのだと思います

つづく

2008年09月23日

またまたヤラれた!東京ラビリンス…

この週末は
東京の授業に参加させていただきました

ところが!
またまた遅刻してしまいました…;

なぜかというと
道に迷ってしまったからです
会場は青山福祉会館といい
閑静な高級住宅街にあるのですが
最寄りの駅や何電車の何線なのか?
ということがなかなか覚えられないのです

それで1日目は「外苑前」か「赤坂見附」かで迷いながら
結局遠い方の赤坂見附で降り、かなり歩くという失態を演じてしまいました

さて
2日目は、今度こそ間違わないぞとばかり、乗り換えのために赤坂見附で一旦電車を降り、
外苑前へと向かう銀座線のホームを探しました

頭上の案内板を見ると、上のホームだとあ
ります。
そこでエスカレーターに乗って上の階へ行きました
すると!今まさにホームに停車中の電車が出ようとしていたのです

僕は急いで飛び乗りました

ふ~ギリギリ間に合った!

そうため息をついた時です
どうも車内放送がおかしい…
よく聞くと
さっき僕が通り過ぎてきた駅名を言っているではないですか!

僕は一瞬、何がどうなっているのか理解できませんでしたが
つまりこういうことです
同じ路線の上りと下りのホームが上下階に分かれていたのです

ヤラれた~
と思いました


20080106-00000004-jijp-soci-view-000.jpg

しかしそれとて
上のホームでちょっと行き先を確認すればわかったこと
まさかひとつ上の階に逆方面のホームがあるとは思ってもみなかった
これは、どれだけ日ごろの先入観や「当たり前」だと思っているところに
落とし穴があるか、ということを示唆してくれていたと思います
勉強も、恐らくホメオパスとして人を診る時も
「普通こうだろう」という自分の思い込みを
注意深く失くしていくことが
大事なんだと思います

というわけでこの2日間は
両日共遅刻しました(苦笑)

次回はまた会場が変わるということで
どうなることやら…

つづく

2008年09月26日

どうなってんの!? 嵐を呼びすぎる男

以前、僕が東京へ行く時は必ず雨が降る
という話をしたと思います

実はそのジンクスはまだ続いております(驚!)
本当に毎回雨です!
今まで傘を持たずに行ったことはないし
ほとんど晴れている時でも
必ずちょっと雨が降ったりします
なぜなんだろう…;

いや、まあ自分のせいではない…はずなんですけどね~
あまりにも周りにそう言われると
思わず悩んでしまいます(苦笑)

でもそういえば
今回の東京授業はゴッドファーザーについてだったのですが
その主人公、ドン・コルレオーネは何もかも自分で責任を持つ
起こったことは全て何らか自分に責任の一端がある
という考え方で全てのファミリー、友人たちに接し
そういった姿勢がまた多くの人の信頼を得た
という話がありました


godfather.jpg


そうか
そうするとやはりこの雨も
僕に責任があるはず…

よし!
次回からは
皆の分の傘を用意していきます!

…というのは冗談ですが
でもそれぐらいの気持ちでいるのは
悪くないと思います

でも雨も決して悪いことばかりではないのですよ

今回もまた派手に降りました
会場まではどの駅からも結構歩かないといけないのに
皆さん大荷物の上に傘をさして
覆い切れない荷物がびしょびしょになり…
タクシーに乗れば余分なお金がかかるし…

いいとこないやん!(爆)

いや、あります!
それは、そこまでして勉強しているという実感です

何も障害が発生しなければ
あまりに当たり前になって見過ごしてしまいそうなところ
自分はこんな荷物を持って
こんなところまで来て
勉強させてもらっているんだ
という実感を得ることができます
つまりそれは授業に臨む態度をも変えているはずです
意識的ではないにしろ
なにかしら気合いが入っているに違いありません

…というのは苦し紛れでしょうか?(笑)

ですから僕は
今後とも皆さんのために
嵐を呼び続けたいと思います!

つづく

2008年09月27日

大阪校生のしゃべりって…おもろいわ~

今日は大阪校の解剖生理病理の授業でした
久先生の授業は
毎回周到に準備され
内容は濃く
そして時に先生も生徒たちと同じ目線で
一緒に深い疑問について考えてくれます

そのバランス感覚は絶妙で
いつも授業に惹きこまれていきます
そして自由な発想で伸び伸びと考えられるのです

さてそんな楽しい授業が終わり
「おうMick!飲みに行くで!」
という感じで、皆がまるでそのために集まったかのような
ハイテンションで誘ってきました

そして最近発掘した
学校付近にあるイイ感じの居酒屋で
先生を囲んでカンパーイ!!

そこからはもう
店員さんが注文を聞き取れないぐらいの大声で
あれやこれやと大騒ぎ☆
またそこが「かまくら」のように
周囲と隔離されているせいもあり
思う存分しゃべりまくったのでした

しっかし大阪校の生徒は
おもろいっ!
弾け出したら止まらない感じで
スベらない話を連発
サラッとしゃべれば
どうということのない話でも
「しゃべくり」がうまいので
オチで必ず笑わせられる

こっちもちゃんとオチまで考えないと
しゃべれなくなったりして…
それでも
スベっても結局誰かのナイスツッコミで
笑わされるので
なんでもオッケーなのです

それにしてもこれってつくづく文化だな~と
改めて思いました

皆異口同音に
子供の頃から話にオチがなければツッコまれ
面白くない話には「おもろないねん!」と
厳しくツッコまれてきたと言っていました

とても失礼な話でも
「おもろいからまあええわ」と言われることもしばしば…
本当に面白ければそれでいいのかどうかはともかく;
久先生!
無理やりあのテンションに巻き込んでしまって
すいませんでした

でも
アノ話
おもろかったですよ(笑)

つづく

2008年09月30日

バランスの世界

先週末の解剖授業でのこと

「病気が教えてくれる病気の治し方」
という素晴らしい参考図書の中に
「ある症状に悩まされている人は
自分の中にそのような影の部分を持っていて
それと向き合っていないのだ」
という内容の表現がされてありました

そこで一体「向き合う」とはどういうことなのか
という話になりました

自分の中に、普段避けている「影」の部分がある
しかしそれを聞いて
「そうか、自分にはそういう部分があるのか」と
単に意識するというだけでは
もちろん最初の段階からは
変化していると思いますが
それだけで病気が治る
というほど簡単なものでもないような気がします

そこで
ここでいう向き合うとは
もっと深いところでの話であり
意識の上で自分と向き合う
という表面的なものではないのでは?
という意見が出ました

先生は
ホメオパシーにおいても
「どういうレベルで何が起こっているのか」
を冷静に判断していくことが大事だとおっしゃいました

いわゆる精神的レベルで起こることが全てではない
逆に身体的レベルで起こることが全てでもない
そのどちらにも偏ってはいけないのだと…

人は肉体(物質)と精神のバランスの世界に生きているのであり
精神的レベルでの理解や変化だけを求めても
それが現実世界で通用するものでなければならない
ということだと思います

だから
いい意味での批判的な視点を失わないことが大事だと
教わりました

僕はふと
以前このブログに書いたことを思い出しました
「学校で学んだことは、ちゃんと現実生活で磨かれるようになっている」
と先生が教えてくれたことです

学校では、精神的レベルでの様々な素晴らしい気付き・学びを得ることができる
しかし帰ったらまた物質的レベルでの日常生活が待っており
「なかなかそんな簡単には行かないじゃないか!」と思うこともあります
実はその構造の中で学びを実践し、経験していくことこそが
バランスの取れた状態であるのだと
改めて思ったのでした

始めの話に戻りますが
ホメオパシーのレメディは
肉体的レベルもそうですが
意識の上では解決できないような
深いレベルでの問題にも作用することができるのが
素晴らしいところではないか
という気がしました

つづく

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