2008年08月26日

SMC

久しぶりに学校へ行ってきました
SMC(セルフメディケーションコース)といって
全6回のいわゆる入門編的なコースがあるのです

4年制のディプロマコースの学生であっても
SMCに参加することができます

全く初めてホメオパシーに接するという人は
まずこのSMCを受講し
その後4年制へと入学する人が多いようなのですが
僕の場合は勢い余って!?
いきなり4年制から入学してしまいましたので
SMCを受けるのは初めてなのです

さて!
このSMCは4年制とはまた違った魅力を持っています
講師の方を始め、参加している先輩生徒さんたちの
温かい空気と非常にためになるお話がベースにあるのは4年制と同じですので
とにかく授業に出席するだけで心が充電されるというメリットは共通点なのですが
4年制のディプロマコースとはまた違った角度からレメディを勉強することができ
またより身近に講師の方や皆さんとの交流ができるので
普段の授業よりも多くコミュニケーションできることもあり
見逃せない貴重な時間となっているのです

そんなわけで、今回も授業内容から発展して
参加している先輩生徒さんたちから
「合気道」の話や「元素」の話など、多くの興味深いお話を聞くことができました

毎回感心することなのですが
ホメオパシーに気付かれる方というのは
本当に勉強家で、様々な素晴らしい知識や特技をお持ちの方が
多いです。だから僕にとっては他の生徒さんたち全てが先生であり、また
集う人全ての、それまでの人生・個性が尊重されている学校だからこそ
皆さんのお話がたっぷりと聞けるというのも
ハーネマンアカデミーならではの魅力じゃないかな
と思っています

つづく

2008年08月24日

魂を磨く場

最近
仕事が肉体的にハードなこともあり
なかなか勉強する時間が取れずにいました

その上
学校自体も夏休みになり
ますます勉強に向ける
気合いが入らず
日常をこなすことに精一杯という
毎日が続いていました

せっかくこれまでに習ったことを
復習しておくチャンスなのに~
とやきもきする思いで…
かといって時間ができても
つい日常に流されていく自分に
絶望混じりの焦燥を感じていたのですが

そんな折に
永松学長から
貴重なアドバイスをいただきました

それは
「そんな風にできているんだよ」
という
なんともあっけないほどのことでした

勉強したことというのは
実践を伴わなければ
砂上の楼閣にすぎない

実際の日常に活かされてこそであり
魂が磨かれる場所は
実はリアルな日常生活の場にしかないのだ
…と

だから当然
そういう流れになっているのだと
いうお話でした

僕は本当に救われました

せっかくの勉強時間や意欲までを削られているような
気分になっていたのですが
実は全く逆で
順調に進んでいるということだったんですね

ようし
存分に日常を生きよう!

つづく

2008年08月22日

人のために生きる

以前、永松学長の講義の中で
「極小世界での物質のふるまいは
人の心の動きと似ていると感じた」
というお話がありました

これについて同期生との勉強会の中で話し合っていました
分子生物学に詳しい生徒によると
例えば水の分子間ではお互いに激しく水素原子や酸素原子がくっついたり離れたりしている
つまり分子の状態はとても不安定であるということでした

しかしそれは柔軟性に富んだ状態であるともいえると思います

そしてその状態は
「我々が他人や他の物質と微細なレベルで絶えず何らかの情報を交換している」
ということを示しているのではないでしょうか  

自分と他人
人間とガラスや鉄などの物質は
同じような構成要素を持っているにも拘らず
全く違った姿形をして存在している…
そう考えると
「この世界の自分以外のものは全て
自分とは全く違った形で存在していることによって
自分というものを際立たせてくれているのではないだろうか」
と思えてきました

つまり他のものは、人も含めて全て
自分のために生きてくれているとも考えられます
そうなると
自分も当たり前に「他人のために生きている」
といえます

以前Kim先生が
人のために生きることの喜びには、他のどんな楽しみも及ばない
というようなことをおっしゃられたのですが

人のために生きるということは
実は自然なことで
何か一念発起して目指すというよりも
元より人は他人のために生きているということに「気付く」
という感覚なのかもしれません

日々自分の身に起こる
全ての「しんどいこと」も
他人をその人として輝かせるためだと思えば
何かとても意味のあることのように思え
張り合いが出るような気がしました

つづく

2008年08月19日

都会の海 その2

そしてついにモンサンミッシェルが洪水に陥落したとき
東の空には第二の太陽かと見まごう
大きな赤い満月が昇り始め
浜辺まで光のじゅうたんを敷いてくれました

僕はあれだけ拾ってもちっとも減らないゴミの中を
帰りの駅まで歩きながら
生きていくとはこういうことなんだろうな

妙に納得した気持ちになっていました

ゴミをかき分けて座るところを見つけ
煙の隙間から星空を見上げ
騒音の中から波の音を聞き分けて
そうやって充電しながらやっていくんだな
と…

いつ吸えるかもわからない
きれいな空気を待って息を止めていたら
窒息してしまうのかもしれない

マナーの悪い人やゴミの山にストレスを感じるより
それにはサラッと然るべき対処をして
その中にキラッと光る素敵なことに心を躍らせよう

家に帰ると
僕たちはなんとなくパソコンを点けずに
キャンドルに火を灯して
体に残る波のリズムを感じながら寝ることにしました…

つづく

2008年08月18日

都会の海 その1

仕事の夏休みも最終日となった日曜日
彼女と海へ出かけました

兵庫県は須磨の海
関西人にとっては身近な海水浴場といえるでしょう

ところがまあ、まずは行ってがっかりな感じです
ビーチ一面に広がるのは
あまりお上品ではない感じの若者たち
そして足下には彼らが捨てていく大量のゴミたち…

そんな状況に気後れしつつも水の傍までいくと
わ~海だ!
というイイ気持ちになります

そして水の中へ入って浮力を感じていると
徐々に周囲の雰囲気にも馴染んできました

透明度も低く、タバコの吸殻やコンビニの袋を浮かせた海

それでも海はなにか大切なことを伝えてくれます

やがて砂浜に上がって寝ころんでいるうちに
自分のリズムが穏やかな空気や
寄せては返す波の音に同調していくかのように感じられてきます

僕らはふと、波打ち際に漂うコンビニ袋を拾い
それからしばらく、黙々とゴミを回収しました

うちわ、空き缶、空きビン、ペットボトル
タバコの箱、吸殻(禁煙なのに!)、紙コップ、レジャーシート…
やがて潮が満ちてきて、さっきまでどこかの女の子たちが作っていた砂の城が、波に浸され始めました

僕はこの城をモンサンミッシェルと名付けました(笑)

つづく