学校案内
学長メッセージ
“Aude Sapere”
~ Organon冒頭より ~
何事も、するべき理由は無限にある。
また、するべきでない理由も無限にある。
そこで迷ったときは、あえて一歩踏み出してみなさい。
あえて一歩踏み出すことで、そこから何かが始まる。
どうしても迷ったときは、一歩前へ出てみなさい。
恐れずに、勇気をもって。

このWebサイトを訪れた方にはさまざまな方がいらっしゃると思います。医師、獣医師、薬剤師、助産師、看護師、柔道整復師、鍼灸師、また私と同じく何も医療資格を持たない方々など。みなさんは、ホメオパシーのどこにご興味を抱かれたでしょうか?
ホメオパシーはサミュエル・ハーネマンの主著『Organon of the Rational Art of Medicine』(道理に基づく医療芸術の原典)に始まります。
このタイトルに明確に現われているように、ハーネマンが志したのは、「真に道理に基づいた医療」でした。ただひたすら「ものの道理」に基づくこと、ここにホメオパシーの全てがあります。そしてハーネマンアカデミーが立脚し、めざすところも、またそこにあります。
ハーネマンはOrganonの扉にAude Sapere ! と記しました。Aude Sapereとは、「予め結論を持たず、道理の歩むところに自身を委ねきる勇気を持て!」という意味です。つまり「道理を探求するのみならず、自らをその道理の坩堝(ルツボ)の中に投げ入れよ!」と。
厳しい言葉です。結論を予め持たずに「道理」にゆだねるというのは実に怖いことだからです。私たちには「避けたいもの」「守りたいもの」が数限りなく取り巻いています。受けた深い傷、その結果生じた恐怖や不安、また家族、学校、国、文化、所属団体、経済状況など、私たちを大きく制限しているものを数え上げればきりがありません。私たちはもちろんさまざまな条件の中で生かされているのですから、「無視」することなどできるはずもありません。
しかし「無視せよ!」ということではないのです。我々を制限している「隠れた前提」に気付き、根底からその鎖を解き放て!と言っているのです。
ハーネマンは、Organonの第一章でこう述べています。
Physicianの唯一にして最高の使命は、
病める人の健康を回復させること、
それが「治療」というものである。
Physicianとは何でしょうか? 語源のphysisはラテン語で自然、自然の変化、自然の生長、つまり自然の道理という意味です。このphysisから派生した職業は二つあり、一つはphysicist物理学者、すなわち物質的自然の道理を知る者です。
もう一つがphysician「医師」で人間の自然、変化・生長、その根本道理をわきまえる者です。あらゆる病は人間の道理によって起こり、病から本来の健全健康な姿への回復もまたその道理によって起こります。つまり人間という自然の道理に通じ、病める人を本来の健康な状態に導く者、それがphysicianです。
本来それができる者のことを「医師」というわけで、「医師免許」を持っているからといってphysicianであるわけではありません。現在の医師免許を取るためのカリキュラムは、残念ながら人間の自然、「ものの道理」に通じるようにできているのではないからです。
アメリカの熟練した医師たちの経験を集めた『ドクターズルール 425』(京都大学医学部教授 福井次矢訳 南江堂)という本があります。どの道も究めれば一つであるとはよく言われることですが、本当に熟練した医師になれば、同じ考えに逢着するようです。
- 62章 医学校のカリキュラムは、人生について学べるように作られたものではない。
- 68章 生理学や生化学、解剖学についてたくさんの知識を持っているからといって、人生や人間について豊富な知識があることを意味するものではない。患者や他の人々から学びなさい。
- 264章 不幸なことに、われわれの医療システムでは患者に回復するような教育をするよりも、回復しない結果になるような教育をすることが多い。
- 330章 患者を治療するにあたって、医師の性格はあらゆる薬や治療法と同じくらい重要である。
私は医師ではありませんし、何の医療資格も持っておりません。ただ人間が好きで、哲学、歴史、文学が大好きで、芸術や武道、スポーツを愛好していました。苦手であった数学や物理学が極めて人間的であることを大学時代に見いだし、どんなものも極めれば同じところに逢着すると感じていました。あらゆるものが一つに逢着する「場所」とは何らか具体的なものではありえない、とも思っておりました。
しかしホメオパシーに出会った時、私がそれまでやっていたあらゆることがすべて両手両足を伸ばしてそのままホメオパシーに活きてくることを感じただけでなく、ふと気がつくとその「すべてが逢着するところ」に、いつの間にかホメオパシーが静かに鎮座していたのです。
振り返ると、私が長年取り組んできたのは正に「ものの道理」であり、「人間に起こるさまざまな問題をどのように根本的に解きほぐし解決できるのか、人はどのように本質的に成長してゆけるのか、その過程ではどのようなことが起きうるのか」ということでありました。それはそのまま「病とは何か? 病をどのように解きほぐし解決できるのか、人はそこからどのように回復し成長してゆけるのか」という命題そのものであったのです。要は「もつれた糸」を、どのようにして解きほぐして本来の健全健康な状態に戻せるか? ということです。
そして「もつれを創り出すことができる主体こそが、そのもつれを本質的にほぐすことができる」、即ち「似た症状を起こせるものが、似た症状を治すことができる」というホメオパシーとそのまま重なりあったのです。「ものの道理」に基づく者、それがphysicianであり、即ちhomeopath(ホメオパス)であります。
さて、Aude Sapereには、もう一つ意味があります。「踏み出す理由、踏み留まる理由、どちらも無限に探せるであろう。しかしためらいの真の理由が自分の殻から出る不安であるならば、実はそのためらいこそが始まりの一歩である。あえて前に一歩出よ。自らを解き放ち前へ進め。ちっぽけな自分のこだわりの殻を脱ぎ捨て、揺るぎなき大いなる世界に身をゆだねよ!」
真理の大海に身を投じたハーネマンの力強い言葉を、今あなたにお贈りしたいと思います。
学長 永松 昌泰
