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      <title>永松学長のひとりごと</title>
      <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/</link>
      <description>日本のホメオパシーの草分けであり、第一人者であるハーネマンアカデミー学長の永松昌泰が、ホメオパシーはもちろん、さまざまなことについて熱く語ります。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Fri, 04 Jul 2008 08:07:43 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>ロアジーナ　（３）</title>
         <description>新生ロアジーナがプレオープンして、一ヶ月半になりました。

いよいよ７月１７日に、
本格的なグランドオープンを致します。

レストランはもちろん素晴らしいのですが、
ホメオパシーサロンは「世界初」ですから、
手探り状態で始めました。

この間の経験を踏まえ、新しいシステムで
グランドオープンを迎えます。

細かいところを最終的に調整をしますので、
発表はグランドオープンの時になりますが、
より魅力あるサロンになると思います。

そして、１７日には、
ハーネマン・アカデミー／日本ホメオパシー振興会主催の、
記念立食パーティーを行います。
卒業生、生徒さん、患者さんなど、
直接的に縁がある方たちを主な対象にしていますが、
一般の方も、もちろん大歓迎です。
この日は、普段なかなか会えない人にも会えたり、
楽しい一日になると思います。

会費は飲み物もついて、何と３千円！
通常は５～６千円は優にかかる内容です。
人数は一応２０人、マックス２５人から３０人ですので、
お早めにお申し込み下さい。
お申し込みは、ロアジーナに直接お申し込み下さい。

０３－５７８５－２８３３










さて、昨日は、「ホメオパシー的歯科」の小泉さんに来て頂きました。
小泉さんは、現在ハーネマン・アカデミー４年に在学中ですが、
ホメオパシー的歯科として開業され、
患者さんから「猛烈に」喜ばれています。

私も家族もみんなお世話になっていますが、
その総合力は大したものです。

http://www.yokohamahealing.com/index.html



その小泉さんが、グランドオープンから、
月に二回、第一と第三木曜日の午後に、
ロアジーナで患者さんを診てくれることになりました。


サロンで歯科？　と驚かれるかもしれません。
歯科治療には当然あの歯科医の設備が必要だと思われるでしょう。
確かにそうです。

ロアジーナには、携帯用の歯科器具はあるのですが、
通常の歯科設備があるわけではありませんから、
あらゆることが出来るわけではありません。
出来る範囲は自ずと限られています。

しかし！！！
それでも出来ることは、ものすごく大きくあります。

ロアジーナでするのは、主に「調整」です。
歯は、動く関節です。
よくあるイメージのように、
固定的な動かないものではありません。

歯には心身の歪みの一切が表現をされます。
心身はさまざまな重層構造になっています。
歯が第一原因の場合もあれば、
頭蓋や仙骨が第一で、
それが二次的に歯に表現されている場合もあります。
また、二次的だけではなく、
三次的、四次的な場合もあったり、
さまざまです。

他にもバイパスがあったり、
人それぞれ心身の構造は、さまざまです。
その一人一人の構造を、見極めて、
どこから入っていくかを決めるのです。




昨日は、写真撮影もあってロアジーナに来ていただきました。
そこで、患者さん役になったのが、
ハーネマン・アカデミーの４年生の沼田さん。
７月から振興会のスタッフとして、
ロアジーナで働き始めました。
いつも笑顔の素敵な女性です。
その沼田さんに、ホメオパシー的歯科を経験してもらいました。


昨日は、打ち合わせがあったので、
最初からは見れなかったのですが、
行ったときには、沼田さんの歯をよく見ながら、
歯の一部にさっと磨きをかける程度の「削り」を入れていました。
「削り」といっても、正にさっと磨く程度です。
そして、その後で沼田さんは腰に手をやって、背中を反らしていました。
すると、あ！　痛くない！　あ！


沼田さんも、また広報担当の木須さんも、
え！　と眼を丸くしていました。

そして、もう一つ、顎関節症がある、ということで、
ちょっとした調整を行いました。
この日はベッドがないので、立ったままでしたが、
５分か１０分くらいでしょうか。
顎を開けた沼田さんは、
再び　あ！！！　という感じ。
ど、ど、どうして？　という不思議な感覚の中、
心地よさに包まれていたのでした。

このレポートは、近々ＨＰ上にアップされると思いますので、
楽しみにしてください。

そして、沼田さんの顔を見ると、
心なしか、「美人度」がアップされているように感じました。

そう！　ホメオパシー的歯科は、「美人度アップ」にも役立ちます。
心身の調和が成された結果として、心身が自然に美しくなる。




と、ここまで書いた文章を読み直すと、
とても「宣伝くさい」のですが、
内容は、正真正銘ホントです。


気になる治療費ですが、
小泉さんのヨコハマヒーリングデンタルでの治療費は、
初診３万円（２時間程度）、再診２万円（１時間適度）です。

ロアジーナでは、初診も再診も２万円で４５分です。
これを安いとみるか、高いとみるか、ですが、
私は極めて安いと思います。
普通の歯科治療が、劣悪な割に、
途方もなく高いものが多いです。


木須さんが、そのマジックのような治療を見て、
これと同じことが、普通の歯医者さんにもできるんですか？
と小泉さんに聞いていました。
確かにそう聞いてみたくなりますね。

答えはもちろん　ＮＯ！　です。
こんなことは、大学では一切学びません。
大学では、「腕の悪い大工仕事」のようなことしか学びません。

小泉さんは、さまざまなことを勉強してきました。

ツボ療法（東洋医学）
ホメオパシー
フラワーエッセンス
かみあわせ治療
歯科材料の改善
バイオレゾナンス・セラピー
CBS（クリニカル・バイオホログラフィック・システム）
クレニオセイクラル・セラピー
デトックス治療


これらを統合して、患者さん一人一人に合わせた治療をしています。
ぜひ、経験してみてください。



それでは、１７日にロアジーナでお会いしましょう。</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/07/post_22.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/07/post_22.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 04 Jul 2008 08:07:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>後藤修さんのこと　（４）</title>
         <description><![CDATA[その日以降、後藤修さんのところへ日参しました。

朝から夜までのさまざまな練習を見学し、
夜は後藤修さんに深更までお話を聞く日々でした。

その練習の目的と内容、
またその時々で後藤修さんから出てくる言葉の数々は、
今まで全く考えたことすらもないレベルのものでした。
これがゴルフだったら、
私が今までやったり、
教えたりしていたゴルフは、
いったい何だったのだろう、
と思うような、
全く違うレベルのゴルフがそこにはありました。

その内容は、単なるゴルフだけではなく、
普遍的で、全てに通じる話ばかりでした。


ある時に練習を見ていると、
後藤さんからはき出される言葉の一つ一つが、
「金粉」になって空中を浮遊しているように見えました。
ゴルフの具体的な話は止めますが、
それほど次元が高いものでした。

ゴルフの話に留まらない話を一つだけご紹介しましょう。
ある夜、こんな話がありました。


<blockquote>練習をちゃんとしている時は、
決して爆発的なスコアは出てこない。
練習を止めてしばらくすると、
突然爆発的なスコアが出たりする。

練習に明け暮れていたときには分からなかったが、
今になってようやくゴルフの神髄が分かったような感覚がする。
追い求めていた感覚が手に入ったような感じがして、
その感覚さえあれば、もう一生大丈夫なような感覚がする。


しかし、間もなく、突然、ガタガタになり、
そこからもう脱出できなくなる。
あれほど、神髄、コツが分かったと思っていた感覚は、
どこかに消し去られて、全く戻ってこない。


「ぶち独楽」というコマがある。
回っているコマにムチを打って、
コマを回し続ける遊びである。

このコマにムチを当て続けていると、
コマはその都度ぐらぐらと揺れる。
ムチを当てるのを止めると、
コマは全く揺らがずシューンと静かに回る。
中心軸が全くぶれない、見事な回転になる。

しかし、ほどなくすると、
突然グラッとなる。
一回グラッとなると、どんどん大きく揺れて、
そして倒れてしまう。

練習というのは、ムチを当てるのと同じである。
練習をし続けると、絶えずムチを当て続けるので、
表面的現象としては、不安定になる。

練習を止めると、表面的現象としては、
急に爆発的なスコアが出る。
コマがシューンとなるように
素晴らしくなるように見える。

表面上は良いように見えるが、
実は練習を止めた瞬間に内部は腐ってくる。
果実が腐る前の一瞬が一番おいしいように、
その時期の数ヶ月だけバカに調子が良い。

そして、腐敗が突然顔を出し、
どうにもならない状態になるのだ。と</blockquote>

この話は１０年以上前に聴いたお話ですが、
時々生徒や患者さんにお話しています。]]></description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/07/post_21.html</link>
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         <pubDate>Thu, 03 Jul 2008 07:01:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>後藤修さんのこと　（３）</title>
         <description>後藤修さんに初めてお会いしたのは、
９４年でした。
その頃、家業の鉄鋼の仕事を辞めて、
作家になろうと思っていました。

その時に、「天才シリーズ」のようなものをやろうと思い、
最初に書こうと思ったのが、
後藤修さんのことでした。

１０４で電話番号を調べて、
電話してみました。

昔から後藤修さんに関心があり、
ぜひ本にしたい、と伝え、
しばらくの間、密着取材したい、と言いました。

後藤修さんは、深く力のある声ではありましたが、
思いの外、優しい声で、
世田谷区の芦花公園の近くの練習場に毎日いるから、
来るように、ということでした。

私が行ったのは、あいにく練習が終わりかける頃で、
１時間ほど練習を拝見した後、
後藤さんのご自宅でお話をお伺いしました。


最初に、以前からずっと気になっていた質問をしました。
実は、私はゴルフをかなり教えた経験がありました。

私が教える時は基本的にスイングの正面から見ていたのですが、
後藤さんは、飛球線後方からのみ見ていたからです。
以前読んだ雑誌にもそう書いてありましたし、
たった１時間ですが、
練習中も正面には回らず、
常に飛球線後方からのみ見ていました。


「後藤さんは、スイングを正面からではなく、
ほとんど飛球線後方から見ていますが、
なぜなのでしょうか？」

その答えはこのようなものでした。


「私は天文学者から、こういう話を聞いた。
流れ星が落ちるとき、
自分に向かって落ちてくるとしよう。
その時、自分に対して完全には真っ直ぐではなく、
自分から少しでもそれて落ちてくると、
真横に落ちるように見える、と。

だから、私は飛球線後方から常に見ている。
スイングやボールの打ち出しが、
少しでも飛球線に対してずれていると、
瞬時に分かる。

私はもともと超一流プロしか教えない。
まあ、今はちょっと違うがね・・・

超一流プロの場合、
スランプの始まりは、
本当に微妙なずれから始まる。

飛球線後方から見ると、
その本当に微妙なずれでもすぐに分かるんだ。
ただし、私のような『芸術的な眼』を必要とするがね。






それにしても天文学から始まるとは・・・

最初からノックアウトされてしまいました。


つづく</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_19.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_19.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 27 Jun 2008 22:02:07 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>後藤修さんのこと　（２）</title>
         <description>そのゴルフ雑誌でも、がんばれOzaki くんという
漫画が連載されました。
お腹が出っ張ったOzaki くんが
駄目男として描かれていました。
こんなボクでも昔は有名だったんだよ、
と言っても、誰もえーーー知らなかった！、
と揶揄する感じで連載されていました。

ジャンボ尾崎は完全に「過去の人」でした。


その時でした。
８５年の夏頃、
シーズンが半ばに入った時、
突然その雑誌に後藤修さんによる、
「ジャンボ尾崎、大復活宣言」
という宣言文が、
見開き２ページにわたって掲載されたのです。

そこにはそんなことを宣言して、本当に大丈夫？！　
ということが
ふんだんに書かれてありました。


「私は不言実行ではなく、常に有言実行である。」
「ジャンボが復活しなかったら、私のクビを差し上げよう。」

そして、「私の予言は、天体の運行のように必ず成就する。」
という言葉で締めくくられていました。

「私の予言は、天体の運行のように必ず成就する。」
なんとすごい表現でしょうか。
大きな衝撃を受けました。

それからジャンボ復活の連載が始まりました。
宣言には、ジャンボのスイングを一度完全にバラバラにするので、
８５年の成績はすぐには上がらない、
しかし、後半から徐々には上向いているので、
賞金ランキングはそれなりには上がるであろう。

しかし、冬の間に大きく脱皮し始める。
大復活は３年でいったん完成するが、
１年以内、つまり８６年６月までには必ず一勝し、
１年後の８６年末には、ひょっとすると賞金王になるか、
ならなくても必ず賞金王に肉薄する、
とありました。
そして、その後は日本のプロゴルフ界に
長く君臨するであろう、という
現実離れしたような文が並んでいました。


ゴルフ界では、ほとんど誰も信じていませんでした。
ジャンボは過去の人であることは明らかでしたし、
スイングは明らかに変化したのですが、
その新スイングは、非常に奇妙に見えるものだったからです。

流麗で美しい、流れるようなスイングではなく、
なんだか角張った、突っ張ったようなスイングでしたし、
ＴＶ中継や雑誌でも、新スイングを揶揄するような内容ばかりでした。
プルゴルファーですらないインチキ野郎が、
オオボラ吹いて、ジャンボが振り回されている、
もう藁をもつかむような思いなのだろうけれど、
かわいそうに。
これでジャンボも本当にお終いだ、
という論調でした。

しかし、その後、次第に成績は向上し、
予言通り、８５年は終わってみれば９位に浮上しました。

１９８５賞金ランキング  ９位 　 33,389,931円  


そして、翌年の８６年５月、
まだ１年にもならないうちに、
予言通り１勝。

そしてその年はそのまま４勝して、
２位になり、見事に復活。
賞金王こそ穫れませんでしたが、
確かに賞金王に肉薄したのでした。

そして、そこから怒濤のようにジャンボは快進撃を重ねました。


１９８６賞金ランキング  ２位 　 80,356,632円  　３９歳
１９８７賞金ランキング  ２位　  76,981,199円  
１９８８賞金ランキング  １位   125,162,540円  
１９８９賞金ランキング  １位   108,715,733円  
１９９０賞金ランキング  １位   129,060,500円  
１９９１賞金ランキング  ４位     99,060,539円  　４４歳
１９９２賞金ランキング  １位   186,816,466円  
１９９３賞金ランキング  ２位   144,597,000円  
１９９４賞金ランキング  １位   215,468,000円  
１９９５賞金ランキング  １位   192,319,800円  
１９９６賞金ランキング  １位   209,646,746円  　４９歳
１９９７賞金ランキング  １位   170,847,633円  
１９９８賞金ランキング  １位   179,627,400円    ５１歳
１９９９賞金ランキング  ６位     83,517,969円  
２０００賞金ランキング  ７位     88,940,087円  　
２００２賞金ランキング　11位    67,821,342円 　５５歳
２００３賞金ランキング　15位　  50,460,916円
２００４賞金ランキング　55位    19,833,670円 
２００５賞金ランキング　82位    10,225,504円　 ５９歳

何と５１歳なるまで賞金王の座をほぼ独占し、
５５歳でも優勝！
５９歳でもツアーで実力でシード権を獲得したのです。

前人未踏の１１３勝。
正に、「予言は天体の運行のように成就」したのでした。

つづく</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_20.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_20.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 26 Jun 2008 07:23:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>後藤修さんのこと　（１）</title>
         <description>もし、私が実際にお会いした人の中で、
最大級の天才といえば、
迷わず、後藤修さんを挙げることになるでしょう。

後藤修さんを初めて知ったのは、
１９７６年くらいだったでしょうか。
あるゴルフ雑誌の記事でした。

「ジプシー後藤」というペンネームで、
毎週、全国の飛ばし屋（ゴルファーで、ボールを遠くに飛ばせる人）
に挑戦する、という趣向でした。
経歴は、元プロ野球選手。
ジプシー後藤という名前は、プロ野球選手時代に、
松竹ロピンズ、東映、大映、巨人、近鉄、南海、西鉄と
１２年間に７球団を渡り歩いたため、
ジプシー後藤と呼ばれることになったそうです。

飛ばし屋に挑戦し、ほぼ全勝しながら、
飛ばし屋たちのスイングを評論していました。
その文章が軽妙洒脱なことが印象的だったのと、
もう一つとても目を引いた、気になることがありました。

プロフィールの中に、ジャンボ尾崎の師匠
と書いてあったのです。
ジャンボ尾崎は日本を代表する
日本一のプロです。
１９７１年の初優勝から２００２年に５５歳で優勝するなど、
３０年以上にわたって日本のゴルフ界に君臨してきた
日本プロゴルフ界、最大のスターです。
横柄とも言えるくらいの独特の言動があり、
極めてプライドが高いというか、
狷介孤高です。
修業時代はともかく、
誰かに教えを受けているなどとは
聞いたこともありません。


そのジャンボ尾崎の師匠？
後藤修さんは、元プロ野球選手とはいえ、
無名に近い二流選手でしたし、
ゴルフに関しては、何の戦績もなく、
プロゴルファーですらありません。

日本一のプロゴルファーが、プロゴルファーですらない男の弟子？
そんなことがあり得るの？
でも、代表的なゴルフ雑誌にまぎれもなくそう書いてある。
その連載も結局２年以上続きましたから、
ジャンボ尾崎の目にも触れているでしょうし・・・
それでも続いていると言うことは、
やっぱり本当なのか？

でもそれにしても不思議・・・
プロゴルファーですらない人が、
日本一のプロゴルファーの先生？

何だかとても不思議な思いを持っていました。


ジャンボは７１年から８０年まで、
１位５回、２位２回、３位２回と抜群の成績で、
日本プロゴルフ界興隆の立役者、
その後台頭してきた青木功、中島常幸と共に、
ＡＯＮ時代を築きました

１９７１賞金ランキング　１位    18,120,000円　　２４歳
１９７２賞金ランキング　１位    29,280,000円　　
１９７３賞金ランキング  １位  　43,814,000円  
１９７４賞金ランキング  １位  　41,846,908円  
１９７５賞金ランキング  ２位 　 27,658,148円  
１９７６賞金ランキング  ３位　  24,608,872円  　２９歳
１９７７賞金ランキング  １位 　 35,932,608円  
１９７８賞金ランキング  ２位 　 29,017,286円  
１９７９賞金ランキング  ８位 　 20,134,693円  
１９８０賞金ランキング  ３位  　35,415,876円  　３３歳


しかし、８１年くらいから８４年まで、
ジャンボ尾崎は絶不調に陥りました。
賞金ランキングも急降下。

１９８１賞金ランキング  ２８位  　9,722,902円  　３４歳
１９８２賞金ランキング  １６位  16,699,314円  
１９８３賞金ランキング  ６位　  31,129,261円  
１９８４賞金ランキング  １９位  19,541,606円  　３７歳

他のスポーツと違い、
ゴルフの場合は単なる体力勝負ではありませんので、
３４歳から３７歳という時期は、
本来最も油がのりきった最盛期であって、
衰える時期ではありません。

しかし、８１年からは新たに台頭した
倉本昌弘の台頭や、青木功、中島常幸の大活躍の陰に隠れて、
ジャンボ尾崎は全く陰を潜めました。
時々思い出したように一勝するのですが、
もう半ば忘れ去られた存在になっていたのです。

つづく</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_18.html</link>
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         <pubDate>Wed, 25 Jun 2008 00:57:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>小林秀雄、杉本春夫、埴谷雄高さんのこと　（２）</title>
         <description>埴谷雄高さんは、戦後すぐ昭和二十一年に、
「近代文学」という雑誌を創刊しました。
荒正人・小田切秀雄・佐々木基一・埴谷雄高・平野謙・本多秋五
の五人による同人誌です。

すぐに企画として出てきたのが、小林秀雄との対談です。
小林秀雄は、埴谷さんたちにとって、
どうしても超えていかなければならない大きな壁でした。

戦争を越えて、人間の生き方を根源的に問いなおし、
真の文学、本当の近代の文学を打ち立てていこう、
とする熱い思いの五人だったのです。

対談を申し入れて、小林秀雄から承諾の返事をもらうと、
五人は小林秀雄を徹底的に論破しようと、
連日夜を徹して議論を重ねました。

そして、その日を迎えました。








結果は・・・・・
惨敗・・・・・






五人は小林秀雄に徹底的に、
完膚無きまでに論破されたのです。
その夜、五人はヤケ酒を飲みました。
あんなに予行演習を重ねたのに、
まったく役に立ちませんでした。
しかし、余りにも完全に打ちのめされたので、
妙にさっぱりしたヤケ酒だったそうです。

しかし、それで話は終わりではありませんでした。
その対談の速記録が、小林秀雄に回されて、
手を入れられて返ってきたのです。

速記録は、あらゆる発言に手を入れられて、
大幅に書き換えられていました。
小林秀雄自身の発言だけではなく、
五人全ての発言にも徹底的に手を入れられていました。



最初は「何だこれは！」という反応でした。
「自分の発言を直すのは良いけれど、
他の人間の発言に手を入れるとは、なんたること！
どういうことだ！」
という感じでした。


しかし、手を入れられた自分の発言を読んでみると、
唖然、呆然、愕然としました。

五人の発言はすべて、
「そうだ！　本当は俺はこう言いたかったんだよ。
正に言いたかったことは、これなんだ！」
と思わずうなってしまうように、見事に書き換えられていたのです。

発言した時には必ずしも明らかではない真意が
素晴らしい形で美しく表現をされていました。

そしてその上で、
小林秀雄は完膚無きまでに、
五人を徹底的に論破していたのです。



それを読んだ五人は、正に放心状態。
完全にノックアウトされてしまいました。

しばらくの間はため息ばかり、
全く仕事にならなかったそうです。



それ以来、時を経れば経るほど分かったのは、
「小林秀雄を超える」ということは、
決して出来ない、ということだったと言うのです。


「小林秀雄は超えられないんですよ。
例えばね。バッハを超えられますか？
ベートーベンを超えられますか？
並ぶことはできるかもしれないけれど、
「超える」ということはできないですよ。
小林秀雄も同じです。
あのように富士山のてっぺんまで行った人を
「超える」ということはできないんですよ。
てっぺんというのは超えられないんだから。」


それ以来、埴谷さんの本を読んでみました。

それにしても、そのタイトルからして尋常ではありません。
読み方からして見当もつかないような言葉が並びます。


『鞭と独楽』
『墓銘と影絵』
『罠と拍車』
『垂鉛と弾機』
『甕と蜉蝣』
『振子と坩堝』
『渦動と天秤』
『兜と冥府』
『鐘と遊星』
『石棺と年輪』
『蓮と海嘯』
『暈と極冠』
『雁と胡椒』
『虹と睡蓮』
『螺旋と蒼穹』
『濠渠（ほりわり）と風車』

どうですか？



タイトルにも驚きましたが、
読んでみるともっと驚きました。

評論の文章が
透明感と陰影がある、
素晴らしく流麗な文章だったことです。

「死霊」は、ごつごつした、
とても抵抗感のある文章でした。
（もちろん内容をありのまま表現するために
意図的に創り出した文体なのですが）

同じ作家とはとうてい思えないような、流麗な文章でした。

思い直して「死霊」にも再挑戦してみましたが、
残念ながら「死霊」は相変わらず読めませんでした。


死霊をとりまくキーワードは、とっても面白いです。

風癲病院
自同律の不快
虚体
無限宇宙の果て
自己完結した世界で生きる「愁いの王」
数億光年の無限からやってきた夢魔
無出現の思索者
「存在宇宙」とその負の世界の「亡霊宇宙」
人類滅亡のときの最後の人間の話
存在の創造の秘密
死者の電話箱を使い、死の隣の世界である分解の王国と交信した医師

などなど。

えっなんだろう！！！
どきどきします。　ドキドキ


読めなかったのは、
もう二十年以上前のことなので、
今は読めるかもしれません。

ぜひまた挑戦してみたいと思います。</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_17.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_17.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 20 Jun 2008 05:41:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>小林秀雄、杉本春夫、埴谷雄高さんのこと　（１）</title>
         <description>アメリカ時代から、次第に森有正にハマッていきましたが、
パリに行ってからは、正に２４時間、「ズブズブと」森有正に耽溺しました。
全集を、毎日手当たり次第に読みました。
そうするうちに、
自分が森有正なのか、森有正が自分なのか、
分からないような感覚になってきました。

ある日パリの本屋さんで、
「森有正論」という本を見つけ、
さっそく買いました。

著者は、杉本春夫さんという詩人で、
何と住所は山口県岩国市、とありました。
私の実家から近いので、びっくりしました。

さっそく帰郷した時に訪ねました。
とても歓待してくれて、
森有正やさまざまなことをお話しました。

そのうちに、
「君はぜひ埴谷雄高さんに会いなさい。」
と言われました。
私は内心、「えーーー埴谷雄高？」
と思いました。
なぜならば、大学時代にある後輩から、
埴谷雄高さんの著作が素晴らしいよ！
と言われて、代表作という「死霊」を読んでみたところ、
もう全く読めない、とてつもない代物だったからです。

でも、杉本さんは大いに勧めてくれます。
そのうちに、埴谷さんから返事があったとのお電話があり、
約束の日時をセットしてくれました。

夏の暑い日でした。
井の頭公園の近くのご自宅に訪ねて行くと、
埴谷雄高さんは、そこにいました。（当たり前ですが・・・）

埴谷さんは、深い深い深い眼をした人でした。
宇宙開闢から、無限の闇まで見通すような、
神秘的な眼をした方でした。
こんな眼を見たことがありません。

「ギリシャ時代のソクラテス、プラトンはどう思われますか？」
とお聞きしました。
そうすると、ぴっと居ずまいを正して、こう言われました。
「ソクラテスのいたギリシャ時代というのは、
人類の叡智が最高峰に達した時代です。
そこから現在まで、段々低下していく一方です。
私の書いたものなんて、
もうどうしようもないようなものばかりです。」
と言われます。
もうびっくりしてしまいました。

プラトンを読むと、
余りの叡智に圧倒されているばかりで、
埴谷さんの著作についての評価はともかく、
ギリシャ時代について、似たような感覚を抱いていたのですが、
ここまで端的に言われて、
本当に衝撃でした。

そして、「小林秀雄はどう思われますか？」
と尋ねると、
またもや埴谷さんのエネルギーがピッとなりました。

「小林秀雄は、日本人の文学者の中で、
ただ一人だけ富士山のてっぺんまで登った人です。
５合目か６合目までは、
フランス文学やロシア文学の助けを借りて登ったけれども、
そこから先は、独りでてっぺんまで登った人です。」
と言われます。

またしても吃驚してしまいました。
日本の文学者の中で、唯一てっぺんまで登った人、とは・・・・・
そこまで言うか・・・

埴谷雄高さんと小林秀雄とは、一般的なイメージとしては、
全く真反対のような、対極的な存在のように思われています。
埴谷雄高は、元共産党党員で左翼、
小林秀雄は、体制派で右翼的。
というイメージを持っている人も多いようです。

小林秀雄については、あれほど読みましたから、
右翼的とはもちろん思ってはいませんでしたが、
埴谷雄高が、小林秀雄をそこまで高く評価しているとは、
夢にも思いませんでした。</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_15.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_15.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 16 Jun 2008 06:35:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>森有正、二宮正之、小林秀雄さんのこと</title>
         <description>パリにいたのは８２年の春から８５年にかけてでした。
パリにいた目的は、何かをするためではなく、
ただフランスにいること。
そこに存在すること、
ただそれだけでした。

森有正に導かれて、
パリに存在するため、
パリで息をするため、
そこで石の硬質の密度に晒されるために
パリに来たのでした。

その前のアメリカでは、
毎日１６時間以上、勉強ばかりしていました。
食事時間と睡眠時間以外、
ずっと勉強ばかりでした。
あんなに勉強ばかりしていたのは、
初めてでした。

アメリカでは何かを為すため、doingでしたが、
パリではただそこにいるため、beingでした。



森有正さんは７６年に亡くなりましたが、
森有正を最も知る人、
二宮正之先生がパリにはいました。
二宮先生は、森有正全集の中の日記を訳されたり、
「私の中のシャルトル」に、
森さんのことを深い愛情をもって書かれています。
とりわけ、「詩人が言葉をうしなう時」という一文。
これは、本当に素晴らしい一文でした。
もともと森有正全集の中に入っていましたが、
「私の中のシャルトル」に所収されています。


パリに行ってしばらくして、二宮先生に、会いに行きました。
授業に伺って、森有正の話をしたところ、
とても興味を持っていただき、
何度もお会いして、森有正の話を中心として、
語り合いました。

二宮先生を自宅にお招きして、
妻の手料理でもてなし、
深更まで語り合ったのも、良い思い出です。


そのうち、二宮先生の生徒の一人から相談を受けました。
二宮先生から小林秀雄の「当麻」「無情といふ事」「徒然草」
についての宿題が出たが、
余りに難しいので手伝って欲しい、
というのです。

早速一緒に書店に行きました。
どれもたった４ページくらいの、
極めて短い文章です。
書店でぱらぱらと眺めて、
お安いご用、とばかり気軽に引き受けました。
これが、大きな「間違い」でした。


まず「当麻」を一回読んでみました。
しかし、全く分かりません。
何のことやら、全く頭に入ってこないのです。
二回目読みました。
分かりません。
三回読んでも、まったく分かりません。

これが、自分のための単なる読書だったら、
すぐに投げ出していたと思います。
こんなの意味不明だ！　と。
しかし、手伝いを気軽に引き受けてしまった後でした。
分かるまで読むしかありません。

こうして、四回、五回、六回・・・・
と読んでいきました。
しかし、何回読んでも理解できません。
たった四ページです。
それが、こんなに何度も何度も読んでも分からない。
自分に絶望しかけました。


二十回くらい読んだとき・・・でしょうか、
ようやく少しだけ「氷」が溶けてきました。
しかし、そこからがまだまだ長い道のりでした。

一文一文が心に染みわたるように分かってきたのは、
ようやく六十回を超えてからでした。

心に染みわたるようになってきてからは、
読む度に、その密度、思考の透徹さに本当に感銘を受けました。
すごい！　こんなすごい人が日本にいたんだ！
という思いでした。

「当麻」を読みこなすのは大変でしたが、
一度そこを通過すると、
「無情といふ事」「徒然草」は、
数回読むだけで、染みわたるように分かってきました。
そして、それ以来、
小林秀雄は私の人生にとって本当に大切な人になりました。


５年前に「森羅万象セミナー」と銘打った連続セミナーを、
熊本で行ないました。

その３回目が小林秀雄で、
現在継続的にアップしていますので、
ぜひ読まれてください。

http://nihon-homeopathy.net/archives/seminar/sinrabansyo/index.htm


次回は、難解で名高い「死霊」を書いた埴谷雄高さんのこと、
そして埴谷雄高さんが語った、
小林秀雄についての驚くべきエピソードを
書こうと思います。</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_16.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_16.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 15 Jun 2008 07:48:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>学校　（２）</title>
         <description>以前からよくこういうご質問を受けました。

「ハーネマン・アカデミーの特徴は何ですか？」
「他の学校との違いは何ですか？」

今までそんなことを学校案内やWeb page　
に書こうと思ったことはありませんでした。

学校案内をちゃんと読めば、
ハーネマン・アカデミーが何をしようとしているか、
ということが分かるはずで、
学校案内を読み比べれば、
他の学校とは全く違うことも分かるはず、
と思っていました。

しかし、それは私の勘違いだったように思います。
近々リニューアルする学校案内には、
明確に表現をする予定です。

今から北海道セミナーに出発です。</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_14.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_14.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 07 Jun 2008 06:01:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>雑感　（１）</title>
         <description>最近、初対面の人や、生徒の方と会うと、
妙に下の方を向いていらっしゃる方が
いらっしゃることに気がつきました。


何だろう、と思っていたのですが、
昨日も同じようなことがありました。
その時に、！！！
分かりました。


私の靴を見ていらっしゃったのでした。
靴磨きのことを書いて以来、
私の靴がどのようになっているのか、
気になられるようで、
先日は、はっきりとNo.8仕上げの靴を見てみたい！
とおっしゃる方もいらっしゃいました。


えらいことを書いてしまったなあ、
と思いましたが、
もう後の祭り。
実は、靴磨きマイブームは、
既に峠を越えていて、
今は手当たり次第に磨いたりはしていませんし、
何時間もかけて靴を磨いたりもしていません。
今は、普通よりもちょっとだけ輝いている程度です。
でもよく見ると、何となく深い色をしています。
雨の時には、革靴を履きません。
師匠から、堅く戒められたからです。
雨用の冴えない靴を履いていますので、
雨の時には余り下の方をみないでくださいね。












さてさて、昨日はカナダのヴァンクーヴァーから
ハーネマンアカデミーの通信教育で勉強されていらっしゃる
 Ｉ さんが日本に一時帰国されたということで、
訪ねていらっしゃいました。
ロアジーナで、ランチを食べられて、
とても楽しくお話ができました。
素敵なご主人とご一緒で、
さまざまなことをお話できて、
とても嬉しいひとときでした。
食事の質には、びっくりされていらっしゃいました。

ロアジーナの食は、本当に素晴らしいです。
美味しい！　ヘルシー！・・・本当にものすごくヘルシーです。
元気になる！

昨日は、Ｉ さんご夫妻と、
当番で来ていただいている４年生のNさん、
広報担当の３年生のKさん、
また、ちょうど朝の「初めてのホメオパシー」を受講された後、
ロアジーナに行ってみようか、
という立ち話をされていたので同行したお二人と、
ホメオパシーの話や、ヴァンクーヴァーの話、
またホメオパシーの検証実験についての
イギリスＢＢＣの番組の話など、
さまざまな話に花が咲きました。

その時のお話は、近々ホームページでも
ご紹介させていただく予定です。
 Ｉ さん、有難うございました。

４年生のＮさんは、海外の通信生がいらっしゃることを
ご存じなかったようで、びっくりしていらっしゃっいましたが、
実は、海外の通信の生徒は、かなりいらっしゃいます。

通信の方は、最初の２年間だけで、
３，４年の時は、通学だったのですが、
海外の方で、どうしても帰国が難しい方もいらっしゃるので、
通信だけでも卒業できるようにしました。
但し、勉強期間の問題や、その他の条件も
それに合ったように整える予定です。




ブログが始まってから、約２ヶ月が経ちました。
案外といろいろな方が読んでいただいているようで、
コメントをいただいたりして、嬉しいです。

近々、新たにスタッフのブログ、
そして生徒のブログも始まる予定です。
お楽しみに。</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_13.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_13.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 06 Jun 2008 04:52:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>学校　（１）</title>
         <description><![CDATA[今日は独り言。独り言。



「学校」とは、いったい何だろう。
私はどうして「学校」を始めたのだろう？

もう１０年くらい前になるだろうか。
英国校で同じキャンパスを共有していた友人、
Ｓｏｌｕｎａ　ｓｃｈｏｏｌ　ｏｆ　Ｈｏｍｅｏｐａｔｈｙ校長の
Ａｄａｍ　Ｍａｒｔａｎｄａが、こんなことを言っていた。



<blockquote>

ホメオパシーの本質を本当に追究しようとする学校は、
自分の知る限り、残念ながらとても少ない。

本質を追究しようとすれば、
多くの素晴らしい果実を味わうけれども、
まず例外なく大変な苦悩と苦難を味わうことにもなる。
学校運営をうまくやるためには、
多くの「割り切り」が必要だ。
しかし、ホメオパシー的姿勢は、この「割り切り」を拒否する。

君は、本質的なホメオパシーをやろうとしているから、
きっと大変な思いをたくさんするだろう。

ＧＯＯＤ ＬＵＣＫ！</blockquote>




その言葉をよく思い出す。
本当に大変な１０年間だった・・・・・

考えてみれば、「学校」をやろうと思ったことは一度もない。
「学校経営」に興味を持ったことも一度もない。

伝えたいことがある。
伝わる人に伝えたい。

それだけだと思う。


なぜ「学校のようなもの」をやっているのだろう。



森有正という哲学者がいる。
アメリカ、フランス留学中に、
すりきれるほど、何度も何度も読んだ。
フランスに行ったのも、
森有正の本を読んだからだった。
どうしても、フランスに居なければならない、
と強く思った。

どうしても、ヨーロッパの石の文化、
硬質な石の文化に自分を曝さなければならない、
と強く思った。
そしてヨーロッパに何年か居た。


その森有正の生涯をかけてのテーマ、
それが「経験」と「体験」。

普通は経験と体験という言葉を特には区別しない。
だいたい同じように使う。
その時の気分によって、
どちらも同じように使う。

しかし、森有正は、のっぴきならない内的促しによって、
この経験という言葉と体験と言う言葉を、
はっきり分けて使うようになった。
「経験」と「体験」という言葉に、
それぞれ異なった意味を持たせて使うようになった。

これはあくまで、森有正の使い方にしか過ぎないが、
森有正の意味するところには、
私の全存在が深く静かに共鳴する。

森有正の言うところの「体験」とは、
森自身の言葉を借りれば、
「どんな『阿呆』の中でも機械的に増大する」ものであり、
その人の中でしか通用しない、
何の普遍性も持ち得ない、
単なる出来事の集積、それが「体験」である。

それに対して、「経験」とは、
個人のものであるだけではなく、
広く社会全体、人類全体、宇宙全体のものでもあり、
どのような時でも、
どのような場所でも、
どのような状況でも通用する、
「普遍的な経験」を意味している。

そして、「経験」とは、誰に対してでも開かれているけれども、
個人を深めることによってしか繋がることができない。

個人を深めれば深めるほど、
より広く、より多くのあらゆるものと
繋がることができる。

そして、「体験」がその個人を超えることができないものであり、
「閉じている」のに対し、
「経験」は、その個人を超え、
あらゆる人の「経験」となることができる。
それが、読書の意味であり、
学ぶことの意味であり、
「古典」の意味でもある。

人が本当に生きてゆくこととは、
自分の「体験」を「経験」に深化させてゆくこと、
そして、その「経験」を社会に向けて開いてゆくこと、
自分の「経験」を他の人とわかちあうこと。
だから、私は「学校のようなもの」をやっている。

それを忘れないようにしよう。]]></description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_12.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_12.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 02 Jun 2008 21:51:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>靴磨き　（４）</title>
         <description>靴磨きが「病膏肓に入る」ようになると、
自分の靴や家族の靴はもちろん、
他人の靴を見ても磨きたくてたまらなくなります。

自分の靴や家族の靴をまず手当たり次第に磨くようにもなりました。
そして、スタッフの靴も「隙あらば」磨きました。

次第には、街を歩いていて、
靴を磨いていない人を見ると、
思わず、「あなたの靴を磨かせて下さい」
とうっかり言いそうになる・・・実際には言ってませんが・・・
という状態にまでなりました。

昨年１１月の国際セミナーに、
友人のミッシャ・ノーランド先生と息子のマニーを招きました。
とても楽しく素晴らしい日々を過ごしましたが、
その時に、ミッシャは、５年前に買ったという、
ダークブラウンの、かなりくたびれた靴を履いていました。
艶もなく、ホコリがかぶっていて、ザラザラしています。

その靴を見ると、私の「病」がムズムズとしてきました。
居間で楽しくお話しているところを、こっそり抜け出して、
まず片方の靴を磨き始めました。
まず、ブラシでホコリをよーく取り払い、
クリームをつけては入念にブラシで磨くことを何度か繰り返しました。

３回くらいかなり入念に磨くうちに、
カサカサになっていた表面が、次第に艶を取り戻し始めました。
革は、相当に「お腹が空いていた」らしく、
大量にクリームを呑み込み、
しなやかさを取り戻し始めました。

その段階でミッシャに靴を見せると、
ミッシャは誰の靴か分かりませんでした。
ミッシャの靴だと分かった時の、ミッシャの驚きは相当のものでした。
靴を買った新品の状態に近かったのです。

しかし、ミッシャの喜び驚く顔を見ると、
病が疼いてきます。

ミッシャの靴は、ハードなワークブーツで、
ワックスをかけるような靴ではありません。
しかし、無謀にもワックスを掛け始めたのです。

これからが大変でした。
ワークブーツは、元々艶を出すようにはなっていません。
オイルが染みこませてあり、
水が簡単には中には染みこまないようになっています。
その代わり、つややかな艶は出ません。
それは、後で帝国ホテルの師匠に教わったことですが、
その時は未だ知りませんでした。

そこからが、大変な苦行でした。
いくらワックスをつけて磨いても、艶が出ないのです。

そのまま２時間が経ちました。
何度磨きを繰り返したでしょうか？
１２回くらいだったと思います。
ミッシャが何事かとのぞきに来ました。
しかし、まだ２時間前の状態とさほど変わり映えがしません。
その状態では未だ見せたくはありませんでした。

そのうちびっくりさせてあげるよ、と言ったら、
もう十分にびっくりしている、と言います。

そう言われると、もっと驚かせずにはいられません。
しかし、翌朝には外出もあります。
その時までには、両方の靴を仕上げなければなりません。
仕方なく、もう片方の靴も同じくらいに磨き、
それから片方ずつ作業を交互に繰り返しました。


気がつくと、明け方の５時になっていました。
その時には、ようやく少しずつ本格的な艶が出てきました。
完全な鏡面仕上げのＮｏ．８とまでは言えませんが、
まあまあの準鏡面仕上げのＮｏ．７に近くなってきました。
そして、しばらくの間、ベッドで気絶しました。


翌朝の朝食の時に、しずしずと靴をミッシャに見せました。
ミッシャの反応は、「気絶」せんばかりでした。


その日は東京をいろいろと見せた後、
帝国ホテルの師匠にどうしても見せたくなり、
ミッシャを連れて行きました。
ミッシャの靴を見るなり、師匠は、ハッとした感じで、
「こ、こ、これは一体誰が磨きましたか？！」と聞きました。
「どうしてですか？」と聞きますと、
「これはすごいよ！　この靴はこんな風な艶は絶対出ません。
こんな風に艶が出るようにはなっていないんです。
いったいどんな人が磨いたのか、この外人さんに聞いて下さい。」
とおっしゃいます。

おずおずと、実は私です・・・・・と申しますと、
師匠は、「いやーこれは凄いです。プロでも、よほどのプロでないと、無理です。」
と言われます。

「いったいどれくらい磨いたんですか？」　と師匠。
「実は、約１０時間です。」と申し上げますと、
「いやー本当に愛情だね。今日はあなたに教えられましたよ。
この靴はこんなに愛情をかけてもらって本当に幸せだ。」
「これはプロでは無理だね。プロは１０時間かけることは絶対出来ないし、
こんな仕上げが可能だとも思っていないし、
まあ正直言って、ここまで根気が続く人はなかなかいませんね。」

私はすっかり舞い上がってしまいました。</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/05/post_9.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/05/post_9.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 31 May 2008 06:34:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ホースセラピー　（１）</title>
         <description>正直なところ、今まで馬には特には興味がありませんでした。
競馬は一度香港で友人に誘われて「接待」で行きましたが、
日本では行ったことがありません。

ホメオパシーでは、Arsenicum（ヒ素）のレメディーが、
サラブレッドととてもよく似た症状像を持っていると
言われます。
とても神経質で、潔癖で、恐怖が大きい一方、
気品があって、独立自尊的という
Arsenicumの症状像とサラブレッドに共通点がある、
というわけです。

私の馬に対する知見はこの程度の
極めて貧しいものでした。




３月２２日でしたから、ちょうど二ヶ月前になります。
ロアジーナのことで、渓山荘の柳さんにお会いした時に、
NPO法人の代表の方と一緒に行きます、と言われました。
いろいろとご相談をしたりしている方だ、と言われます。
とても人なつっこい、笑顔がすてきな方でした。
頂いた名刺を見ると、
NPO法人インフォーメーションセンターの代表理事
寄田勝彦　と書いてあります。
「環境」がテーマのNPOですが、
具体的にはホースセラピーを中心的にやっておられて。
全国に１５カ所もの牧場を経営されていらっしゃる、
ということで、
びっしりと牧場の所在地が入っている
黒ずくめで二つ折りの珍しい名刺をいただきました。


まず、昼食をご一緒しましょうということで、
「東京讃岐倶楽部」という、なかなか面白いところで
カレーうどんを食べました。
ここには、「さぬき大使館」という看板も掛けられている、
とても不思議なところですが、
本場さぬきうどんはさすがにいいお味を出しています。

http://www.sanuki-club.com/

ここのカレーうどん＆ご飯セットは、
いつ食べても本当に美味しいですし、
他のものもなかなか美味しいです。

昼食を堪能した後、ロビーに降りてミーティングをしました。
ロビーには、なんとジョージナカシマの椅子が数十脚、
こんなにたくさんのジョージナカシマを見るのは初めてで、
本当に壮観です。


そのジョージナカシマの椅子でくつろぎながら
ロアジーナのことを、柳女将と
いろいろとお話していました。
１時間くらい経った時でしょうか。
じっと黙って話を聞かれていた寄田さんが、
「これは、おもしろい！もう本格的にやりましょう！」
と突然叫びました。
そこから徐々に、そして怒濤のように、
寄田さんのトークが始まったのでした。

実は、寄田さんはホメオパシーについては
余り良いイメージは持っていなかったそうです。
数年前に、ある人からホメオパシーは面白いよ、
と紹介されて、あるホメオパシーセミナーに行かれたことがあったそうです。
しかし、そこではホメオパシーがありのままに語られる、
というよりも、講演者自身の自己顕示にホメオパシーを使っているかのようで、
非常にマイナスのイメージを持たれた、と言われます。
これがホメオパシーだとは必ずしも思わないけれど、
期待していただけに、非常にがっかりしたそうです。

そういう先入観を持たれていたので、
柳女将からホメオパシーの方と会うという話を聞いたときには
正直なところ余り気乗りがしなかった、ということでした。
しかし、今日はその時とは全く違う、
気持ちの良いエネルギーに満ちていて、
非常に感銘を受けた、とおっしゃいます。

そして、馬のお話が始まりました。


馬は、実は特殊な動物だそうです。
背骨が特殊に二重湾曲している、唯一の動物です。
背骨は体の中心軸になるわけですから、
当然ながら背骨は強度を保つために弓のように反ります。
しかし、唯一馬だけがちょうど人が乗るところだけ
人の形や大きさに沿ったように窪んでいます。
あたかも人間に「どうぞお乗り下さい」
とでも言うかのように。
その構造だと、当然ながら背骨の強度は落ちます。
ですから、背骨が途中で窪んでいることは、
馬にとっては何のメリットもありません。
それなのに敢えて「さあお乗り下さい」
とばかりに、背骨を窪ませてまで
人が乗れるような姿になっています。
歩く時には二重湾曲していますが
走る時には二重湾曲が無くなって、
弓のようになります。

馬は、少なくとも四～五千年以上は人間と共生しています。
人馬一体という言葉があるように、
馬は、常に人と身近にいました。
友であり、従僕であり、親でもあり、子供でもあります。

馬は、世話をしてくれたり、愛情をたっぷりと注いでくれる人には
一生忘れることなく愛情を返します。
人と馬とは、本当に深い関係性を持っています。

寄田さんは、ご自分は馬に教えられ、
馬に救われたとおっしゃいます。
もう人間をやめようかな、と思った時があったそうですが、
その時に牧場で一日中じっと馬を見ているうちに、
本当に教えられ、命をいただいた、
馬と一緒にいることは、本当に素晴らしい力がある、
と言われます。

それ以来、日本に１０８カ所（この数字の意味はお分かりですね）
の牧場を作るミッションをご自身に課していらっしゃいます。


実は、以前はイルカセラピー（ドルフィンセラピー）
もされていらっしゃったそうです。
イルカはものすごく知能が高く、
馬よりもずっとセラピー効果がある、と言われます。

東京から南に約２００キロ、三宅島から南に１８キロのところに
御蔵島（みくらじま）という島があります。
イルカは基本的に回遊する性質があり、
一カ所に定住しませんが、
世界で唯一この御蔵島の周辺にいるイルカだけが、
定住しているそうです。
寄田さんは、自閉症の方たちやＤＶを受けた方たちを預かって、
家族のようにくらしていらっしゃるのですが、
何度か自閉症の方たちや家族の方たち、またＤＶを受けた方たちを
御蔵島のイルカのところに連れていかれたそうです。
そうすると、真っ先に深い癒しを必要とする人たちの横に
イルカがぴったりとついて一緒に泳ぎ、離れないそうです。

その治癒力たるや、凄まじく、
まるで「音を立てて癒されてゆくが如し」であるそうです。

それで、何度か連れて行かれたそうですが、
ドルフィンセラピーについて、いろいろと調べているうちに、
衝撃的な論文を読んでから、
セラピーとしては素晴らしいドルフィンセラピーをきっぱりと止めてしまい、
ホースセラピーだけに特化しました。

その理由とは？

それは、イルカは確かに高い知能を持ってはいるものの、
基本的に野生です。
深い癒しを必要とする人間の「アテンド」をすることは、
ツアーコンダクターにとって、
「手のかかる」ツアー客のアテンドをするのが大変なように、
本当に大変なことで、ものすごいストレスが溜まります。

そのために、イルカセラピーに使われるイルカは、
普通のイルカに比べて、
寿命が何と半分になってしまう、
という衝撃的な事実を知ってしまったのでした。

それ以来、ドルフィンセラピーは、プツッと止めてしまわれました。
そのような事実を知って、
尚もドルフィンセラピーを続けることなど、
寄田さんには出来なかったからです。

馬の場合は、もう何千年も人間と共にいるので、
馬は「友としてお互いに助け合おう！」
という気持ちに素直に正直になれるので、
馬で一生やっていこう、と思っている、
ということでした。

それ以来、寄田さんとは、さまざまなことを話し合う友になっています。
そして、さまざまな素晴らしいことが怒濤のように起こりつつあります。

それはまたゆっくりと書いていきたいと思いますが、
ぜひ寄田さんのブログも読んでみてください。

http://web.mac.com/cchp/SigotoBanzai/2008%E5%B9%B4/2008%E5%B9%B4.html

また、NPOのHPもあるのはありますが、
ブログ中心にかいていらっしゃるので、
HPの方はずっと更新していないそうです。

http://www.ryufo.com/honbu/00_frame_index.html</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/05/post_11.html</link>
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         <pubDate>Thu, 29 May 2008 08:48:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>靴磨き　（３）</title>
         <description>帝国ホテルの師匠から、靴磨きの薫陶を受けてから、
にわかに靴磨きに興味を持ち始めました。

早速クリームやワックス、クリームを塗布する筆ブラシ、ブラシなどを購入しました。
まず、クリームを筆ブラシにつけて、まんべんなく塗布します。
そして、柔らかめのブラシでこすると、
それだけで本来の艶を取り戻します。
普通は、これで十分なのですが、
私は師匠の技を見ていますので、
それだけでは満足できません。

そこで、師匠を見よう見まねで、
一段上の磨きに挑戦することにしました。

このワックスを使う磨きは、ちゃんとやろうとすると、
実は結構大変です。

まず、本当にピカピカにしたいところを決めます。
ワックスは、光る代わりに柔軟性がありません。
従って、比較的動かない部分のみに使う必要があります。
動く部分ですと、すぐにはげ落ちたり、
皺がよって、まだらになりやすくなります。

靴の先とか、かかとのような部分は、
余り動かない部分ですので、
ワックスを重点的に塗って、
輝くばかりの鏡面仕上げが可能です。

しかし、他の可動部分を鏡面仕上げにしますと、
磨いている時は良くても、
履いているうちに、すぐにしわになったり、
ワックス部分がはげてきたりして、
その後のアフターケアが大変です。

ですから、靴の手入れの本を読みますと、
鏡面仕上げにするのは、
靴の両端だけで、可動部はしてはならない、
と書いてあります。

しかし、病膏肓（こうこう）に入いる、と申しますか、
駄目だ、と言われたら、ますますやってみたくなります。

誰にも迷惑をかけるのではないし、
・・・・・誰にも迷惑をかけない、と思ったのは全く浅はかで、
家族と話す時間がしばらくの間、全く無くなってしまいました・・・・・
せいぜい、最悪の状態でも自分の靴が一足駄目になるだけだ、
と思い、靴の全部分を鏡面仕上げにすることに挑戦してみました。



まず、柔らかいコットンの布に少し水を含ませます。
そこに固形ワックスを少しつけて、
靴に擦り込んでいきます。
少し圧力をかけながら
まんべんなく擦り込んでいきます。

この時、師匠は「目」に沿って擦り込むのですが、
私は残念ながら未だ「目」が分かりません。
ですので、「適当に」円を描きながら擦り込みます。
何度も何度も少量づつワックスを擦り込むうちに、
次第にクリームとは違う次元の光沢が出てきます。


そうやって、次第に鏡面に近くなってゆくのですが、
これからが、大変でした。

鏡面仕上げにするには、
その部分を２０回以上は、磨く必要があります。
一回磨くだけでも、１０分はかかります。
時々水を付けながら、ワックスを擦り込んでいきます。
そして、その後で余分のワックスを拭き取ります。
拭き取りながら、磨いてゆきます。
これを靴の全面にするのですから、早くて１０分はかかります。
それを最低２０回繰り返すのです。

最初の５回くらいは、あまり顕著な変化は出てきません。
しかし繰り返すうちに、小さな凸凹が埋まってきて、
次第に均一な面、俗に言う「面一（つらいち）」になってきます。
１０回もすると、相当ピカピカに光ってきます。
しかし、鏡面とまでは言えません。
１５回が過ぎ、２０回に近づくと、
本当に鏡面のように、
自分の顔がきれいに映り込むような仕上げになります。

ここまで要する時間が、３時間半。
しかも、これで片足です！
両足で、７時間という、とんでもないことになります。

もちろん、クリームだけでも普通に言えば
どこに出しても恥ずかしくない、
十分な艶と光沢があるのですから、
この７時間は、全く趣味の世界です。

また、そんな２０回ではなく、
１０回でも十分に見違えるようにピカピカですし、
６回か７回でも相当なものです。

昔、親の会社でステンレススチールを販売していましたが、
ステンレスの仕上げにもいろいろな仕上げがありました。
最も一般的な仕上げは２Bと言われる仕上げで、
適度な光沢があります。
普通ステンレスというと、
この仕上げのものを思い浮かべていらっしゃると思います。

BAという仕上げは、鏡のように見える仕上げです。
専門的に見ると、まだまだ本当の鏡面には、ほど遠いのですが、
パッとみると、十分鏡のように見えます。

最高級の仕上げはNo.７とNo.8です。
これは、本当に最高級の鏡面的仕上げです。
No.７は、よく見るとまだ研磨目がありますので、
正式には鏡面とはいえず、準鏡面と言われますが、
No.８には、研磨目すらなく、鏡面仕上げと言われます。
詳しくは、こちらをどうぞ。

http://www.ks-kousei.co.jp/stainless/finish.html


例えると、クリームで磨いた状態が２B,
７回くらいワックスで磨いた状態が、BA,
２０回くらいワックスで磨いた状態が、No.7、
No.８となると、磨く回数もさることながら、
研磨目が残らないようにしなければなりませんので、
磨く布の材質が決定的に重要になります。
シルクか、より繊細なものを使わないと無理ですし、
靴ですから、すぐに埃にまみれます。
ステンレスのNo.８は、
反射鏡にも使われるほどの仕上げですから、
靴には全く意味がありません。
もともとステンレスの場合でも、
No.７とNo.8の違いは、
よーく近づいて見ないとわかりません。
いや、近づいても専門的な目を持っていないとよく分かりません。

しかし、趣味というのは、怖いものです。
その意味のないNo.８に挑戦してしまうのです。
一歩外に出ただけで、No.7はおろか、
せいぜいBAにまで落ちてしまうのに、
追求せざるを得ないのが、
病膏肓に入いる、ということです。

あれこれと工夫をして、ついにNo.8といえるような
仕上げに成功しました。
それに要した時間は、一足につき１０時間、両足で２０時間・・・・・
という、正に「病的」なものでした。

しかも靴を履いて部屋を一歩出ると、
その仕上げは壊れてしまうのです。
















砂曼荼羅というものがあります。
何ヶ月もかかって砂で曼荼羅を作っては壊すことを
何度となく繰り返すのです。

元々この世に、「保存」できるものは一つもありません。
それは執着です。
常に作っては壊し、作っては壊し、ということを
やり続けていかなければなりません。
作ったこと、やったことに、「思い」を残してはならないのです。
本当の「思い」「想い」とは、過去に執着してそれを保存しようとすることではなく、
常に本当の原点、「存在のゼロポイント」から出発して、
常に新たに一から作り続けることです。

即ち、ex nihilo !

http://en.wikipedia.org/wiki/Ex_nihilo</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/05/post_10.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/05/post_10.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 18 May 2008 05:05:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ロアジーナ　（２）</title>
         <description>少しご無沙汰しました。
実は、パソコンが突然ダウンしてしまいました。
ちょうど連休明けに、ある方にメールを送ったとたん、
パソコン画面が突然消え、
いろいろと試みましたが、動きません。
何とか救出を、と思いましたが、
メーカーでは、なかなか難しいそうです。
専門の業者に頼むしかないのかな、
と思っていますが、かなり時間がかかります。

その中にあるドキュメントのうち、半年以内のものは失われましたが、
以前のものは、バックアップがあります。

しかし、痛いのは、メールです。
アウトルックを使い始めて、アウトルックで受けると、
元のメールアドレスに残されずに全部削除されていました。

それを残す設定にするやり方を最近知ってからは、
他のパソコンからでも見れるようになっていましたが、
連休中にパソコンの調子が悪くなったので、
システムの復元を実行したら、また元の黙阿弥、
メールの設定も以前に戻ってしまい、
アウトルック以外の全てが消えてしまいました。
そこに、パソコンの突然のダウン。
今度はメールの全てが消えてしまいました。
メールの内容、メールアドレス、全てです。
嗚呼

私からのメールをお待ちの方、申し訳ありませんが、
もう一度メールをいただけると、たいへん助かります。

でも、もしかすると、これも象徴的な出来事だとも思います。
過去に深い感謝をしつつ、新しい出発をせよ！
ということなのかもしれません。










































さて、いよいよ新生ロアジーナが開店しました。
新しいロアジーナは、本当に素晴らしい場所になりました。

先ずは、お店の雰囲気です。
とてもくつろいだ、和やかなアットホームな雰囲気で、
来店される方、食事をされていらっしゃる方々の雰囲気が、
とても和やかで、寛いだ、ほっこりした感じです。

また、何といっても、食事の質が素晴らしいです。
ランチは、現在１２００円、１５００円、とあるのですが、
最初に出てくる無農薬野菜やスペイン直送の生ハムたっぷりのボカディージョ
まず、これだけでノックアウトされます。

そして、スープ。
このスープも素晴らしい。
優しく大地の滋味がたっぷりです。
そして、昨日のメインはポーク。
このポークは、これがポークだとしたら、
今までの「ポークと称するもの」はいったい何だったんだろう、
と思わせるようなポークでした。

何回でも、いや毎日でも食べたい！　と思わせる
素晴らしい食事です。

また、ジュースの素晴らしいこと。
まさに果実をそのままジュース（エッセンス）にしたものです。
自然の恵みの味が、ありのまま余すところなく表現されています。


そしてホメオパシーサロンの時間は、
とてもゆったりとした、寛いだ時間が流れています。
ぜひ、おいでになってみて下さい。
一般の方、在学生、卒業生の方、
きっと楽しめると思います。

ロアジーナでのベストな時間の過ごし方は、
まず、１時過ぎに行き、ゆったりとランチを食べる。
１時過ぎまでは、たいてい満席ですので、
この時間がお勧めです。
そして、２時を過ぎるとそのままホメオパシーサロンになって、
ゆっくりとホメオパシーのことや、
さまざまなことについてお話をする。
もちろん読書もできますし、勉強もできます。
お過ごしになりたいように、過ごしてください。

もし、とっても時間がおありになる、
という時でしたら、ホメオパシーサロンの時間に引き続いて、
素晴らしいディナーをお勧めします。
ランチも、もちろんそうなのですが、
毎日、採れたての、穫れたものをベースにして、
メニューが組み立てられます。

実は夕食には、決まったメニューはありません。
あっても最小限です。
メニューらしきものは、一応提示されますが、
何にもないと、かえって難しいだろうという配慮に過ぎません。

本当は、
１．　まずその日の食材をお客様にご説明する。
２．　そして、その食材をどのように料理して欲しいのかをお聞きする。
　　　具体的でも良いし、抽象的なイメージでも良い。
３．　リクエストに応じて作る。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　という大胆かつシンプルな形態にしたかったようですが、
お客さんによっては、それだとどうして良いかわからない、
という方もいらっしゃるので、
一応メニューもあります。
しかし、本当はそういう形態ですので、
どのような調理もオーダーできます。

ランチタイムは、時間が限られていますので、
基本的にはセットメニューになりますが、
夕食時は、心ゆくまでゆったりと楽しめます。

ぜひ思いっきり「我がまま」にオーダーをしてみてください。
材料がある限り、どのようなオーダーにも応えられると思います。

・・・何かホメオパシーのような話になってきましたね。




ロアジーナでは、バッハが流れていることが多いです。
ロアジーナの音楽の基本テーマは、くつろぎと落ち着き、そして和やかな刺激です。

ここでも、女将の柳操さんと私の趣味が一致しました。
特にチェロの無伴奏ソナタが多いと思います。

今、主に流れているのは、
ミッシャ・マイスキーのデビュー盤です。
マイスキーには、新旧の二種類がありますが、
私は圧倒的にデビュー盤の方が好きです。
デビュー盤は、素晴らしい意味で
「楽譜通り」の演奏がなされます。
それでいて、とてもみずみずしくフレッシュで、
清水の水をすくって飲むような、
心が芯から癒されるような演奏です。

しかし、新しい盤は、
私にとっては余り嬉しくない意味で、
自己陶酔的で、
陶酔しているのは、本人だけで、
少なくとも私はちっとも陶酔できません。
その時の一時的な気分で、
テンポを勝手に動かしていますが、
そのテンポに全く同調できません。
それが何らかの普遍性を持っているものでしたら、
陶酔的な演奏は実は大好きなのですが、
何度聞いても、私にはそのようには聞こえません。

他の演奏や曲も、また流していきたいと思います。</description>
         <link>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/05/post_8.html</link>
         <guid>http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/05/post_8.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 17 May 2008 06:17:28 +0900</pubDate>
      </item>
      
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