この後、小林秀雄さんの、
科学についての話が始まります。
最初に言いましたように、
Scienceという言葉は、
十九世紀までは「知」という意味であり、
Philosophy(原義は「知の追求」)と同じ意味でした。
Scienceが、今の「科学」という意味
になったのは最近のことで、
Scienceの本質的な意味は、
本当の知を追求することでした。
本当の知。本当の知とは、
現象にありのままに近づいていくこと、
迫っていくということです。
世の中にはいろいろな現象がありますが、
その現象にありのままに迫っていくこと。
それがサイエンスなのです。
そして、現在で言う「科学」は、
この数百年の間ににわかに勃興したものです。
そして、その「科学」というものは、
この数百年の間、非常に発展しました。
どのようにして発展をしていったのかというと、
こういうことなんです。
物事をありのままに見る、
ありのままに近づいていくというのは、
まあ言ってみれば無理なんです。
世の中にはいろんなことが起こっていますから、
非常に難しい。
ですから、まずは限定をするんですね。
限定をして、すごく狭めるわけです。
非常に狭めて、
まずはとっつきやすいところから始めましょう
ということなんです。
とっつきやすいものと言えば、
まずは「測れるもの」です。
ですから、天文学や物理学とか、
そういうふうに
割と簡単に測れるようなものから
科学は始まってきたわけです。
その事情は、仕方がないことであり、
それ自体には何の問題もないわけなんです。
だってそうでしょ、
最初はわかりやすいところから始めるしかないんですから。
まずは限定して、
「この狭い範囲から始めます」ということを、
ちゃんと自覚し、
わかっていれば何の問題もないんです。
しかしながら、
この方向でどんどん発達をしていくと、
次第にその自覚がなくなってきて、
倒錯します。
科学は限定をしたところからしか出発できない、
そこしか範囲にできないという、
それをわかっていれば「健全」なことであったのですが、
それに慣れてきて、
それなりに目覚ましい成果が上がってくると、
大きな慢心が始まったわけです。
やむなく限定することで始まった、
いわゆる科学的手法というものが、
いかにも素晴らしい方法で、
それが真理に近づいていく
唯一の方法であるというふうに、
まったくお門違いの錯覚に陥るようになった。
もちろん本当の科学者は違いますよ。
しかし、見方がまったく逆転し、
倒錯したものになってしまっていることに
気がつかないでいる、
そういう「おめでたい人たち」が
たくさんいるということなんです。
そうなると、
いわゆる科学的手法に乗っからないものについては、
「科学的に証明されていないから、
科学的ではない」、と。
そして単なるニュアンス、
イメージから「それは信頼できない」、
というふうに、
論理がまったくすり替わるようになってしまった。
そして、論理がすり替わっていることに気がつかない、
本末転倒なことになってしまったのです。
今の手法というものが
限定されたものに過ぎないっていうことを理解した上で、
真実に肉薄しようとしている
本物の科学者というのも、
数は少ないけれど確かにいらっしゃいます。
しかし、
気がついていない人たちのほうが
はるかに多いです。
それはそうですよね。
仕方がありません。
小林秀雄さんもおっしゃっているように、
これはとても難しい、
ある種「高級」なことなんです。
「高級」という言葉は、
あまり使いたくないのですが、
これは誰にでもすぐわかることではない、
ということです。
しかし、本当の科学者、
本当のリアリティーに肉薄しようとしている方々は、
今の「科学的手法」というものが、
どれだけ限定されたものに過ぎないかということを、
ちゃんとわかっています。
後で詳しく申し上げるつもりですが、
ホメオパシーは一切の抽象化をしません。
具体性を何一つ失わず、
具体性の平面上だけを推移します。
プルービングと臨床、
ホメオパシーはこれだけです。
「健康な人に投与して、ある症状を起こせる物は、
その症状を持っている人に投与すると治癒することができる」。
これがホメオパシーです。
「健康な人にある物質を投与して、何が起こるのかを見る」、
完全に、具体平面上ですね。
そして、
「似た症状を持つ人にその物質を投与して治癒するかを観察する」、
これも完全に具体平面上です。
何一つ、抽象化する作業がありません。
時間になってきましたので、
第一部の話はここで終わりたいと思います。
第二部で松本先生から、
「系の限定」など、
いろいろなお話をうかがって、
第三部ではゆっくりと対談的にお話をしていきたいと思います。
第一部のまとめとしては、
①まずは不思議なもの、
今現在理解できないものに対して、
どのような態度で臨むのが本当に正しいのか、
それを改めて問い直さなければならない。
まるで自分が知的であることの証明であるかのように
錯覚して嘲笑する人もいますが、
単なる嘲笑には何の意味もなく、
くだらないっていうこと。
それから、
②何でもすぐに抽象化し、一般化する、
それは確かに必要なことでもありますが、
ただ抽象化で終わったのでは、
物事には近づけないということ。
そして、③科学というものは、
物事を限定し、
系を限定して初めて発展できたんだけれども、
系の限定をしているということを忘れたら
何にもならない、
本当の現実にはそれ以上は決して近づけないということ、
ですね。
この三点をまず、
まとめとして挙げておきたいと思います。
では、松本先生、お願いいたします。