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ベーチェチョルさん (1)

2008年2月8日のことでした。
NHKの番組予告を何気なく観ていた私は、
ベーチェチョルさんという
韓国のテノール歌手の番組があることを知りました。
アジア最高のテノール歌手、
100年に一人のテノール、
と称された素晴らしい韓国人歌手が
こともあろうに甲状腺ガンに冒された。
予想外に病状が悪く、
声帯を動かす神経2つと横隔膜の神経を
切断せざるをえなく、
命は取り留めたものの、
声を失った、という悲劇、
そしてそこからの回復への闘いの
ドキュメンタリーという予告でした。


その番組を観た私は、
卒業式の時の授業で使うことを決めました。
それほど素晴らしい番組だったのです。

番組の冒頭は、
ガンに冒される前の日本でのコンサートの様子でした。
有名なNessun Dorma 「誰も寝てはならぬ」。
その輝かしい声、
哀愁のある深い声、
圧倒的な音量。
「黄金のトランペット」と呼ばれた
マリオ・デル・モナコを凌駕するのでは、
と感じるほどの素晴らしい声でした。

その素晴らしい声は、
http://www.voice-factory.com/main/sb.cgi?pid=16
で映像を見られます。

しかし、その声が失われました。
大切な3つの神経が切断されたのです。
輝かしい、歌手としての声どころか、
普通の話し声さえも
出なくなりました。
声帯を閉じる神経の片方が切断されているので、
もちろん思うように声が出るはずもありませんし、
声の高さを調整する神経も切断されているので、
歌を歌えるはずもありませんし、
横隔膜の片方の神経も切断されているので、
肺に十分な空気を入れることもできません。
片方の肺は、萎縮していました。

その時に立ち上がったのが、
べーさんを日本に紹介した輪嶋東太郎さんでした。
輪嶋さんは、
べーさんのような声に一生の間に出会うとは
夢にも思っていなかった、
と言われます。
輪嶋さんは、べーサンの声に、
そしてべーさん自身の人間に、
本当に大きな感銘をうけていらっしゃったのです。
輪嶋さんは、東奔西走され、
声の再建手術の世界の第一人者が
日本にいらっしゃることを知りました。
京都大学名誉教授の一色信彦教授です。

そして、手術は大成功でした。

しかし、一色名誉教授は、
普通に話すことが出来るようにする、
ということはできても、
プロの歌手、
しかも100年に1人の歌手とよばれるような、
超弩級の声を再建するということは、
それはもう完全に不可能、
だと言われていました。
もちろん、どう考えても、
そんなことはできそうもありません。
話す声は、随分と良くなってきましたが、
プロの歌手として復帰するのは
夢のまた夢です。

しかし、べーさんは
諦めませんでした。

毎日毎日散歩する森の中で、
懸命に発声練習をします。
ある程度の声は出てきましたが、
まだまだ歌手の声にはほど遠いものでした。

横隔膜もまた大きな問題でした。
そこで、一色名誉教授から紹介されたクリニックに行き、
横隔膜を動かすマッサージを受けます。
これも、輪嶋さんの尽力によるものでした。

輪嶋さんには、本当にうたれます・・・


つづく

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コメント (1)

パパ!
ブログみたよお♪
未有といっしょにみたよねえ☆
ベーさんすごい!!!

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2009年10月13日 02:52に投稿されたエントリーのページです。

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