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稚い日 (1)

森有正がパリから発した最初の書、
「バビロンの流れのほとりにて」の冒頭にこうあります。

「一つの生涯というものは、
その過程を営む、
生命の稚い日に、
すでに、
その本質において、
残ることなく、
露われているのではないだろうか。
僕は現在を反省し、
また幼年時代を回顧するとき、
そう信ぜざるをえない。
この確からしい事柄は、
悲痛であると同時に、
限りなく慰めに充ちている。
ヨーロッパの精神が、
その行き尽くしたはてに、
いつもそこに立ちかえる。
ギリシアの神話や旧約聖書の中では、
神殿の巫女たちや予言者たちが、
将来栄光をうけたり、
悲劇的な運命を辿ったりする人々について、
予言をしていることを君も知っていることと思う。
稚い生命の中に、
ある本質的な意味で、
既にその人の生涯全部が含まれ、
さらに顕れてさえいるのでないとしたら、
どうしてこういうことが可能だったのだろうか。」


この冒頭の文章は、
長い間、ずっと気になっていました。
どうしてそんなに気になるんだろう。
文章の意味そのものは、
一応了解できるのに、
何がそんなに気になるんだろう・・・

その理由が分かったのは、
ホメオパシーを始めてからでした。

続く

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2009年08月09日 22:01に投稿されたエントリーのページです。

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