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2009年01月 アーカイブ

2009年01月15日

後藤修先生のこと また学校のこと (4)

明けましておめでとうございます。

今年は、きっと良い年になるのではないか、
という予感でいっぱいです。


ミックも風邪を引いているようですが、
私も年末からずっと風邪を引いておりました。

いつもは、二年か三年に一回くらい、
温泉気分で、意図的に存分に風邪を引くのですが、
今回は、ちょっと勝手が違いました。
まったく「不用意に」風邪を引いてしまったのです。

おかげで、いつもと違い、
年末年始、
実に二週間以上も無気力になって、
ベッドに横たわっておりました。


風邪の意味するところ、その本質は、「浄化」です。
さまざまな事情による「仮のバランス」がほどけ、
まず渾沌に戻り、
そしてそこから全てが再定義されて、
新しい秩序が始まる旅です。

またこれについては、ゆっくりと書きたいと思います。


後藤修先生のことを、以前にお書きしました。
世界最高峰のゴルフコーチです。
私が今まで実際にお会いした方の中では、
最大級、最高級の天才です。
もしかすると、タイガーウッズ以上の天才です。
・・・これは本当です。

さて、後藤先生は、
もともと「超一流」のプロしか教えませんでした。
例えば、ジャンボ尾崎と中島常幸です。


後藤先生は、ジャンボや中島を復活させた後、
彼らとはさまざまな理由から決別しました。
決別の理由は、ここではおいておきましょう。

ともかく、彼らのような超一流プロと決別した後、
紆余曲折あって、
「超一流プロを目指す者たち」・・・
まあ簡単に言えば、
プロ以前の研修生たちを中心に
教えることになりました。

最初は、本当に失意の連続だったと言います。
無理もありません。
超一流のプロを教えるのではなく、
未だプロですらない、
研修生を主に教えるのですから。

その志はともかく、
新しい生徒たちは、
その全てにおいて、
ジャンボや中島とは
「月とすっぽん」
比べものになりません。

ジャンボや中島は、
太陽の如し。
奇跡といっても過言ではないような逸材です。
それに比べれば、
新しい生徒たちは、
まあ一般の、普通の人たちです。
素質も、努力も、ガッツも、全く比較になりません。


しかし、そのうち、本当に面白いことに気がつきました。

超一流プロの欠点というか、
彼らの改善点が、
それまで以上に、
はっきり、くっきりと分かるようになった、
と言うのです。

超一流プロの場合は、
どんなに欠点があっても、
トータルでレベルが非常に高いので、
その欠点が非常に見えにくい。

普通の人の場合には、
超一流プロとは比べものにならないくらい、
これでもか、これでもか、
というくらい、
その欠点は、はっきり、くっきり分かります。

そして、ここが大事なことなのですが、
超一流プロと、普通の人とは、
全く違う次元の欠点を持っているように
思いがちだけれども、
実は超一流プロも、
普通の人と全く同じ種類の欠点を持っている。
ただそれが非常に洗練され、磨かれているので、
非常に見えにくかっただけである、

と言うのです。

しかし、普通の人を教えていると、
あたかも超一流プロの欠点を、
拡大鏡のように、
はっきり、くっきりと現してくれている。

超一流を教え続けていないと、
コーチとしての技量が落ちるように
昔は考えていたけれども、
実際は、全く逆であった。
今は以前よりも、コーチとしての技量は
むしろぐっと上がっている。

これは、全く思いもしない、
素晴らしい「副作用」であった、と言われます。

つづく

2009年01月16日

後藤修先生のこと、また学校のこと (5)

後藤修先生は、ある時私にこう言いました。

もともとプロゴルファーになる、ということ自体、 大きな素質が必要。

プロを真剣に志す者の中で、
やっと100人に一人くらいしかなれない。

その中でも、一流のプロになれる者は、
本当に一握り。

とりわけ歴史に残るような
超一流のプロになれる者は、
二十年に一人くらいしかいない。


ここに集まってくれている若者たちは、
本当に素晴らしい若者たちである。
しかし、一流、超一流のプロになるというのは、
さまざまな要素が
奇跡のように組み合わされなければ
難しい。

それをこの子たちに要求するのは無理だ。
この子たちの中で、プロ入りできる者は、
そうたくさんはいないだろう。
それはまあ仕方がない。
しかし、私はこの子たちを、
一人残らず、第一級のコーチにはしてみせる。
それは可能だ。

だいたい私自身、プロ野球選手としては、
二流だった。
ピッチャーとしては、
18勝31敗、防御率3.81
バッターとしては、
恩師で大天才だった新田先生直伝の
打撃フォームは一流だったと思うが、
実践となると全く打てなかった。

選手として活躍するには、
本当にいろいろなものが必要だ。

私は選手としては、
王や長嶋のような存在にはなれなかった。
しかし、
王や長嶋にしても、
コーチや監督としては、
今日の私には及ばない、
と思う。

プロ野球で下積みの時代を過ごした、
その当時からの糧が
今日の私の基礎を成している。


ここに集まった若者たちを、
私は一人残らず
第一級のコーチには育てて見せよう。
きっと。
私には、それを可能にする技術がある。

後藤先生は、穏やかに、
しかし決然として、
そうおっしゃったのでした。

つづく

2009年01月19日

後藤修先生のこと、また学校のこと (6)

俗に、人には天才型、努力型、がある、
と言います。

私は、長い間、
自分は努力型の典型である、
と思っておりました。

まず、自分自身に「天才」を感じたことは、
一度もありませんでしたし、
あらゆる失敗を繰り返して、
ようやく一歩進む、
という経験を、
何度も繰り返してきたからです。


私もゴルフをしばらく教えたことがある、
ということを以前にお書きしました。

私は選手としては、
大したゴルファーではありませんでした・・・
後藤修先生のレベルから言えば、
まったくとるに足らないレベルです。

といっても、いわゆる「ローシングル」です。
一般のアマチュアからいえば、
かなりのレベルです。

そこにたどり着くまでに、
ありとあらゆる失敗を
繰り返したように思います。

そのことは、教えるときには
非常に役に立ちました。

その方がなぜそのような失敗をしてしまうのか、
まるで手に取るように分かりました。
さまざまな心配や不安があるので、
それを避けようとして、
本来必要のない動きをしてしまうのです。

心配と不安が、
「スイングの病」を創り出します。
一般の病と、まったく同じです。

そして、その状態からどのように脱出するのか、
どのように、その不安や心配を取り払い、
本来の自由な状態を取り戻し、
伸び伸びした、本来のスイングを取り戻すのか。

それを言葉やドリルという「レメディー」
を使って治癒をするのが、
ゴルフのレッスンです。
ホメオパシー治療と、
まったく同じです。


つづく

長嶋茂雄さんのこと、そして学校のこと (7)

俗に、天才は自分はできるけれども、
人に教えることはできない、
と申します。

その典型が、長嶋茂雄さんだと言われます。
長嶋さんのセンスは、
すごいものがありますが、
なかなか人を教えられません。
有名なエピソードに、
こういうものがあります。


あるバッターから指導を求められた時、
しばらく見ていた長嶋さん。

「どうでしょうか?」
と聞かれました。
そうすると、長嶋さんは、
自分がバッターボックスに入って、
「ボールが来るだろー。
それを打てばいいんだ!
簡単だろ!」

と、何回でも自分が打って見せた。
それが指導だった、という「伝説」があります。

ボールが来たら、それを打てばいい!
そう、正にそうなのですが、
それでは指導にはなりません。

それにしても、長嶋さんという人は、
「恐るべき人」です。
思いもよらない天才的なひらめきがあります。
もう一つだけ、有名なエピソードを紹介します。

立教大学での卒業試験で、
「I live in Tokyo.を過去形にしなさい」
という問題が出されました。
「普通の正解」は、I lived in Tokyo.
なのですが、
長嶋さんの答えは、
I live in Edo. 私は江戸に住んでいます。

これはすごい答えです。
これこそ本質的としか言いようのない答えです。
この答えに比べると、
「普通の正解」は、
まるで小手先の操作のように見えます。
長嶋さんの答えは、
時空をまるごとワープしたような、
「すさまじい正解」です。


こういう人が本当の天才ですが、
そんな天才型とは正反対の私が、
突然「天才型」になったことがありました。

つづく

2009年01月20日

突然「天才」になった話、そして学校の話 (8)

ずっと昔、今から20年近く前、
私は「接待」でゴルフを教えていたことがありました。

その中で、イメージトレーニングが
いかに大切なものであるのか、
という話をしていました。

上手い人は、上手いイメージを持っている。
下手な人は、下手なイメージを持っている。
ある意味、イメージが全て。
人は、自分のイメージ、
すなわち自分の世界、宇宙の中に生きていて、
それに沿って、さまざまなことをするだけである。

だから、イメージを鍛え、
上手いイメージと自己イメージが一つになること、
自分の中に深く刷り込むことが、
上達の最善の道である、という話をよくしていました。

それは、もちろん私自身の場合も同じなのですが、
私は、ゴルフはある程度できますから、
劇的な違いとしては、分かりにくい。

そこで、それまでやったことのない、
全く初めてのスポーツで試してみることにしました。

全くやったことがなく、
それなりに興味があるスポーツ。
私はスキーをやってみよう!
と思い立ちました。


そこで、早速スキーのレッスンビデオを買ってきて、
何度も見始めました。
何度も何度も何度も何度も・・・

見ていると、
雪は滑る、ということが、
イメージとして分かってきます。
滑るから、後に倒れてしまう。
だから、前傾が必要だ、
ということが次第にイメージとして
強く刷り込まれてきます。

そのうち、お手本に合わせて、
そのイメージを壊さない程度に
体を少しずつ動かし始めました。

止まる時、右に曲がる時、左に曲がるとき、
その時の膝の動き、体の向き、
全てがイメージとして、
セットとして刷り込まれてきます。

このイメージトレーニングをどれくらい繰り返したでしょうか。
60回くらい(トータル120時間)繰り返して、
生まれて初めてスキーに行きました。

すると、いきなり滑ることができたのです。
そして、数十分後には、
当時3歳だった次女をダッコして
滑っていました。

その日は一度も転びませんでした。
転ぶイメージがなかったからです。
ビデオでは、当然ながら
上手な人の映像しか出てきません。
上手なイメージしかありませんから、
「転ぶことはできない」のです。

(もちろんその後、転んだことは何度もあります。
必ずしもイメージが無くても、
転ぶことはできました。
・・・ふふふ
これについては、またどこかで書きます)


その後、とんとん拍子で上達し、
4回目にスキーに行った時に
スキーインストラクターのレッスンを受けたのですが、
かなり滑り込んでいますね。
何年くらい滑っていますか?
中級くらいですね、
と言われました。

まだ始めて今日が4回目だ、と言うと、
信じられない! という感じでした。
もうそれなりにパラレルで滑ることができましたし、
フォームにも癖が無く、とても上手だ、
素質がある、と言われました。

ゴルフでは、あれほど牛歩の歩みで、
あらゆる失敗を繰り返したのに、
スキーでは、まるで「天才」のように、
すいすい上達していったのです。

10回くらい通った時でした。
私が滑るのを見ていた次女から、
「パパ、スキーを教えて!」
と頼まれました。
その時、まったく思いもよらないことが起こったのです。

つづく。

2009年01月22日

突然「天才」になった話、そして学校の話 (9)

「パパ、スキーを教えて」
という次女の声に、私は張り切りました。
「よし! いいよ。何を教えて欲しい?」
「どうやって曲がったらいいの?」
「うんそれはね。うーーんと、こうやってこうやると、曲がるんだよ」
「こうやって、というのはどうやるの?」
「うーーん、だから、こうやるんだよ」
と悪戦苦闘の私・・・
ただやってみせるしかできない!!!

まったく教えることができないのでした。
自分はできるのですが、
ぜんぜん教えられません。
愕然としました。

まず、自分がなぜできるのか、
まったく理解できていないことが分かりました。
ただ、イメージ通りに体を動かしているだけなので、
理屈としては、まったく理解していなかったのです。
だから、教えられない。
唯一できることは、
自分がやってみせることだけ。

・・・
なんだ! まるで「天才」みたいじゃない!
まるで長嶋茂雄みたい!
まるでハイフェッツみたい!

今まで聞いたことがある
さまざまな「伝説」が、
蘇ってきました。

20世紀最高のバイオリニストの一人、
ヤッシャ・ハイフェッツのレッスンも、
ほとんど自分がやってみせるだけだったり、
日本のある有名女流バイオリニスト、
T先生の弟子だった友人が、言っていました。
レッスンは、弟子が一回弾いた後、
T先生が、
「そうじゃないのよ、こう弾くのよ」
と言って、ただ弾いて見せるだけ、
だったそう。

そして、その先生がのたまったのは、
「あなたはレッスン料だけで
私の生演奏を何度も聴けて、
本当にお得よね。」
だったとか・・・


今まで天才だからそうなんだ、
と思っていたけれど、
実は天才だから、というよりも、
右脳的、映像的なイメージが支配していたからなんだ、
ということが分かってきました。


それにしても、興味深かったのは、
私という一人の人間において、
「こつこつ努力型」と「ひらめき天才型」
が同時に存在することができた、
ということでした。
そして、それはトレーニングの仕方によって決まる、
ということでした。

私は、あたかも人間のタイプによって分かれるのだ、
と思っていたのですが、
そうではなかった、ということに
大きな衝撃を受けたのでした。


これは、とても大きな経験でした。

つづく

2009年01月26日

朝青龍 (1)

最近は、相撲には興味を失っていましたが、
今場所は、大いに興味を持って、見ていました。

そして、昨日の千秋楽決戦。
結果はご存じの通り、
本割りでは白鵬、
そして、決定戦では朝青龍でした。

今回、私がこんなに興味を持った理由の多くは、
大多数の方たちと、おそらく共通していただろうと思います。

そのことは、今日はちょっとおいておきましょう。


ここに、ニュース写真が二枚あります。
十日目、それまで絶好調だった白鵬が一敗した、
日馬富士との一戦です。


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この二枚は、どちらも勝負直後の映像です。
白鵬が負けて、場内は大騒ぎの状態です。

白鵬は、全勝同士で併走していた、現在のライバルです。

この日の朝青龍の取り組みは、白鵬-日馬富士の取り組みの後です。
白鵬が負ければ、単独首位になります。
目の前で行われている、この勝負を見ないということが、
普通あるでしょうか?


しかし! 朝青龍は、まったく勝負を見ていません。

これは、何を意味するのでしょう?


つづく

2009年01月27日

学校 (10)

昨年の12月27日のブログの中に、
アダムの言葉を紹介しました。


「君も分かっていると思うが、
何とかものになるのは、せいぜい3分の1だよ。
その中でも、本当に良いホメオパスになるのは、
残念ながら全体の1割しかいない。」


その後、生徒や卒業生から
「自分はその3分の1とか、1割の中に入っているか「心配」です!」
という、「冗談めかした本音」も、聞こえてきました。


学校を始めて11年余りが経ちました。
その間にいろいろなことがありました。
ホメオパシーに関わる人の中には、
まったく根も葉もない噂を立てたり、
出版社に山のように悪口の投書をさせたり、
放送局に、脅迫状のような警告書を送ったり、
そんな人さえいました。

他人を不当に貶める人はどの世界にもいます。
ホメオパシーに関わる人も、
残念ながら例外ではありません。

この方法は、とても有効です。
「火のないところに煙は立たず」
人間、そう思いがちです。
流言飛語、根も葉もない噂に弱い人は、
世の中に多いものです。


最初は正直なところ、ずいぶん腹が立ったこともありました。
何と卑劣で卑怯な人なんだろう! と。
また同時に、何と可哀想な人だ!
とも思っていました。


しかし、そのうちにこう感じるようになりました。

世の中には、確かに根も葉もない噂を
頭から信じたり、言いふらす人もいます。
しかし、ホメオパシーで最も大切なのは、
「偏見から自由になること」。

作られた流言飛語や噂を信じる人とは、
「偏見から自由になること」から、
最も遠い人です。
そういう誤った流言飛語をすぐに信じる人、
つまり、ホメオパスには「遠い人」たちが
ハーネマン・アカデミーには入らないように、
ある種「濾過」してくれている。
もともとそんなことを望んだわけではないが、
ある意味「守り神」ともいえるのではないか!

そう思うと、むしろ「感謝」さえしても良いような気がし始めました。
そういう人の「努力のお陰」?もあって、
ハーネマン・アカデミーの生徒は、
ホメオパシーに向いている方の比率が非常に高い、
そう感じるのです。

また、学校案内にも、甘言を弄することは、
何も書いてありません。
「安易にお仕事探し」という人を
安易には惹きつけない内容にしてきました。
真のホメオパスは、「単なるお仕事探し」
だけで出来るものではないからです。

そう!
真摯に希求する志を持つ方にこそ
ぜひ来て欲しいのです。


ですから、ハーネマン・アカデミーの門をくぐられたということ、
生徒になられたということ。
それだけで、おそらく既に3分の1の中に入っている!
とも言えるのではないかと思います。
そして、授業を受けるうちに、
1割の中に入っている確率が、
どんどん高まってくる、
と言えるのではないかと思います。

昨年の9月15日の卒業式の後のブログで、

縁あってハーネマン・アカデミーにいらっしゃった方には、
「どうしても素晴らしいホメオパスになっていただきますぜ。
覚悟してね」
というちょっと「下品な」肉声が響いてきます。

こう書いたように、
ハーネマン・アカデミーの卒業生は、
きっと素晴らしいホメオパスになられると
確信しています。


将来のこと、仕事のことは、大切なことではありますが、
まずは純粋にホメオパシーに興味を持つ人であって欲しい!
と思います。

またその一方、
これからの人生をホメオパシーに賭ける、
ということなのですから、
仕事として、当然成立するものでなければなりません。
その環境整備も、とても大切なことです。
そして、今年はその環境整備の年です。

今まで、意図的に怠っていたことを、
大きく方向転換をして、そこに全力を傾注する。

それが今年です。

この数週間の中で、HPも続々と新しくなります。
楽しみにしてください。

請うご期待!

つづく

2009年01月29日

朝青龍 (2)

朝青龍は、場所前から追い込まれていました。
3場所連続の休場。

連日スポーツ紙やワイドショーが伝える、
「引退か?」の大合唱。
場所前の総見でも、白鵬には完敗でした。

多くの親方が、無理せずにもう1場所休場した方が良いのでは、
下手に出ると、引退に追い込まれるよ、
とコメントする中、
朝青龍は、出場を「強行」します・・・


・・・・・果たしてこれは、「強行」だったのでしょうか?


ある意味追い込まれていたことは、
おそらく事実だったでしょう。
しかし、朝青龍本人が、
状況をどのように把握していたのか、
認識していたのか、
それは別問題です。

朝青龍は、場所前の総見や稽古で、
これはいけそうだ! と思った、と言っています。
これは大方にとっては、大きな驚きだと思います。
傍目には、まったく逆でした。
白鵬にコロコロ負けて、まったく歯が立たない、
他の力士にも、ようやく勝ち越すのが精一杯。
場所に入ったら、連敗は必至。
大方はそう見ていました。

しかし、総見や稽古は、
本番ではありません。
あくまで稽古です。

稽古の目的は、
相手に勝つことではありません。
自分の中に、ある感覚を涵養することです。
自分の課題を試すことです。

今回、優勝決定戦の前、
朝青龍は、突き押しと、鉄砲という
相撲の基本稽古を繰り返しました。


以前に相撲記者を30年以上していた方から、
「朝青龍は、高校時代、そして大相撲の世界に入ってから、
基本動作を本当に執拗に反復していた。
それは凄かった。
日本人力士の10倍くらいやっていた。
その時の「貯金」は莫大だよ」

というお話を聞いたことがあります。

だから、今は余り稽古をしていないけれど、
昔取った杵柄というか、
その時の「貯金」はそう簡単には無くならない。
大好きな遊興、怪我や休場による稽古不足で、
その貯金は急速に無くなってきてはいるけれど、
もともとの「貯金の層」も半端じゃないのでしょう。

他の力士にとって、
かつては朝青龍は遙か仰ぎ見る存在だったのが、
近年はすぐ手が届きそうに見えているのだと思いますが、
富士山も近くに見えても実際には遠いように、
案外差はなかなか縮まらない。


朝青龍には、「朝青龍の相撲」という、
極めて強いイメージがあるのだと思います。
そして、イメージ通りに体を動かせる「貯金」がある。
鍵は、そのイメージ通りに体を動かせるかどうか。

イメージの「朝青龍の相撲」は、相手を圧倒する相撲なので、
その通りに動けば、
自動的に、朝青龍は相手を圧倒する。

決定戦前の基本動作の反復は、
そのイメージを強く喚起することだったのでしょう。
そして、イメージと自分の動きとを一致させる。

休場は、もちろん左肘や腰の故障によるものですが、
根本的には怪我や休場や遊興による稽古不足で、
「朝青龍の相撲」のイメージ通りに体が動かないことが
最大の原因だったと思います。


次回は、なぜ、白鵬の相撲を見ていなかったのか、について、
もう少し書きましょう。
そしてそのことと、イチローとを比較してみたいと思います。

イチローが昨年初めに言ったこと、
「今までは相手は自分だった。
今、ようやく他人を相手にできるところまで来た」

という言葉です。

つづく

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