キム先生は、二川さんがいつも使っている包丁に眼を留めました。
そして、その包丁はステンレスなのか、普通の鉄なのか、尋ねました。
その包丁は、いつもピカピカで、疵一つないように見えます。
二川さんは、握り一人前を握る間に、
手とふきんを10回以上洗いますが、
その包丁もふきんで10回以上拭きます。
「これは、普通の鉄で、ステンレスではありません。」
と二川さん。
「なぜでしょうか?
ステンレスは錆びないし、ステンレスの方が便利では・・・・・
では切れ味が違うのですか?」
とキム先生。
「そうですね。ステンレスと鉄とでは、
粒子の大きさが違います。
ステンレスも随分良くなっているのですが、
実際に切ってみると、
やはりステンレスは粒子が大きくて、
包丁が鉄のようにはうまく入っていきません。
鉄の包丁の方が、すっと入ります。
と二川さん。
「うーん。そうですか。
その包丁は、いくらしますか? どこで買えますか?」
とキム先生。
「この包丁は、特別なもので、普通にお店で売っているわけではありません。
大阪の個人の職人さんに依頼して、特別に作ってもらったものです。
個人個人、また一本一本、包丁に求めているものが違いますから。
まあ完全オーダーメイドです。
こういうものが欲しい、と言ったら、それに合わせて作ってくれます。
大した名人の方なんです。
納期も半年から1年くらいかかります。
でもやっぱりこの包丁にしてからは、切れ味が違うんです。
切れ味といっても、ただの見栄えではなくて、
まさに味に直結するんです。
切れ味が悪い包丁で切った魚は、
極端に言うと、引きちぎったようになります。
それに対して良い包丁で切った魚は、
まるで魚も切られたことを知らないかのように
切られたことを恨みに思わないように、
すーと切られるんです。
恨みに思っちゃうと、味が悪くなります。
包丁によってそのくらい違います。
もちろん毎日一回は研ぎます。
値段は・・・・・だいたい大卒の初任給くらいです。
私は二本作ってもらいましたから、2ヶ月分というところですね。
高いといえば高い。
まあ考え方によっては安いんですけど。
でも同じオーダーメイドでも、もっと安いものもあるんです。
鉄は熱した後、急冷するんですが、
油で冷やすのと、水で冷やすのとがあるんです。
油で冷やす方が、鉄に優しいみたいで、
急冷してもほとんど大丈夫なんです。
でも、水で冷やすと、
冷やし方が極端なので、
3分の2くらいは、割れてしまうんです。
3割くらいしか生き残らない。
でもその生き残ったやつは、
包丁としては最高なんです。
表面は非常に硬いけれども、
全体はしなやか。
粒子が細かいので、どんな細工でもできるし、
切れ味が違う。
ですから、包丁としては、最高なんです。
油で冷やしたものよりもずっと良いのですが、
歩留まりが悪いというか、
だからコストが3倍以上かかってしまうので、
値段も3倍以上してしまいます。」
と二川さんが言われました。
この言葉を聞いて,
なるほど、みんな同じところに行き着くんだなあ、と思ったことでした。
つづく