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目的は手段を正当化しない (2)

これを読んだとき、頭をがーんとぶん殴られたような衝撃がありました。

不正な間違った方法を使うということは、結局何を意味するのか?

それはその張本人自身が、
自分の言っていること、一応本気で実現しようとしているはずの、
その「目的」なるものを、
実は本当には自分自身の中で信じきれていないからこそ、
そういう間違った方法を使う、ということであるというわけです。

それまでは、達成しようとしている「目的」さえ正しければ、
ちょっとしたことというか、多少のことは許されるんではないか、
必ずしも良いとは言えないかもしれないが、
現実的には仕方がない面もある。

歴史の教訓からも、
政権を取ったり、政府を倒したりした人たちが、
必ずしもまともな方法でやったとは限らない。
その時は反政府的であることは、よくあることであるし、
本当にすばらしい目的があるならば、
その手段が多少荒っぽくても
仕方がない面もあるのではないかとも思っておりました。

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しかし、本当によくよく考えてみると、
もしその最終的な「目的」なるものを
自分自身で本当のところを本当に信じきれていて、
これは絶対に正しいんだっていうことを、
本当に自分の底の底まで、
無限の底の底まで信じきれているとするならば、
そのように間違った、安易な「手段」を考える前に、
もっと本質的な、
それを実現するためのちゃんとした「手段」というものを
必ず考えうるということです。

この「目的」のためだったら
これぐらいは仕方がないのではないかと思ったとき、
本当にその「目的」なるものから、真摯に真っ直ぐそこに至ったのか・・・・・

そのことについてよーく考えてみると、
むしろ心の弱さからきた、
そういうことである場合が、とても多いように思います。


実際には、本人が言い張っているほど目的のことを
真剣に考えているわけではなくて、
実は割と早い段階で、割と安易に、
その目的なるものを、
「錦の御旗」みたいに押し立ててしまっている。
そして実際には、割と簡単に安易な手段を取っているに過ぎない、
ということが、実はとても多いということに気がつきます。

少なくとも、私自身の場合には、
まさしく自分はそうだった、と思い至りました。


本当に素晴らしいことを実現しようとしているならば、
単にそれが一回だけ起きれば良いというものではないはずです。
持続的、永続的に続いていかなければなりません。

手段とは、「目的を実現するための単なる手段」ではなく、
「目的の本質」である

とさえ言えるものです。

目的は手段を決して正当化しない。   

その時の私にとっては非常に大きなショックであり、
ちょっと大げさに言うと、「青天の霹靂」でした。

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2008年12月18日 00:34に投稿されたエントリーのページです。

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