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ハーネマン・アカデミーが目指すホメオパシーとは? (1)

今まで、よく「ハーネマン・アカデミーの特徴は何でしょうか?」
というご質問を受けました。

また、ハーネマン・アカデミーのホメオパシーはどんなホメオパシーでしょうか?
クラシカルなのですか? プラクティカルなのですか? というご質問も受けました。

このご質問には、明確な答えはあるのですが、
その答えは、「ハーネマン・アカデミーが目指すのはOOOです。」
「ハーネマン・アカデミーはクラシカルです」
という単純な答えではないのが困ったところです。

それを学生のMickが、ブログの中でとてもうまく表現してくれました。
http://www.hahnemann-academy.com/student-blog/2008/06/

(Mickは、最近 Kim Elia 先生から Mick Jaguar という名前を付けられました。
また別の生徒からは、「ミックジャガー」ならぬ、
「にくじゃが」という名前でも呼ばれています。)

その中で、6月28日のブログを引用します。


何を学んでいるのか
学長とお話をさせていただくと
この学校で何を学んでいるのか
ということの深い理解に至ることができます

これは今の僕の目から見た意見にすぎないかもしれませんが
学長の姿勢は(語弊を恐れずに言えば)
来る者拒まず、去る者追わず
という風に見受けられます
まさに水の如し
常に他人の個性と自由を尊重しているという感じです

もちろん授業において
ホメオパシーの基本的理解については
明確に方向性が指し示されていますが
(ここはなかなか表現の難しいところなのですが)
とにかくそういった授業内容全てが
「強制的」な空気を持っていません

それぞれの人間がそれぞれの理解しやすい形やペースで
理解を深めていくようにできている
…とでもいいますか
そういう真に「自由」な空気に溢れています

最終的には一人で立つのだということ
いや、最初から?
自分自身がこのホメオパシーという
素晴らしいマテリアルを人生において
どのように活用していくのか
ということを
考えながら勉強していくことが必要なのだ
そんな風に感じます

組織の一員として何かの関係を求められたりはしていない
また何かいわゆる教科書通りの答えを求められているわけでもない
どこまでも自分事として捉えること
自分自身と向き合うこと
自分自身が学び、経験し、自分自身の理解を獲得すること
それに集中できる環境を用意してくれている
これは驚くべきこと
本当に貴重なこと
そして実に素晴らしいことだと思います

ハーネマン・アカデミーの本質と特徴を見事に表現してくれました。

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ハーネマン・アカデミーのホメオパシーは、
「クラシカル」や「プラクティカル」という名前は必要ありません。
そこには、「ホメオパシー本来」の「普遍的なホメオパシー」があるだけです。

では、「ホメオパシー本来」「普遍的なホメオパシー」とは何でしょうか?


本来の普遍的なホメオパシーとは、こういうホメオパシーです。


 ◎ どのような時代、状況にも通用する普遍的なホメオパシー
 ◎ 現代のあらゆる状況に正しく適応するホメオパシー

ホメオパシーは、人間の普遍的な真実に基づいています。
ハーネマン・アカデミーは、
人間の「普遍的な真実」に立脚しながら、
現代に即した「現代のホメオパシー」を実現します。

普遍的であるとは、「カビが生えた不変」ではありません。
普遍的とは、どのような「今」「現在」においても通用する、
とびっきり新鮮で生きの良いホメオパシーです。

確かに人間は、時代とともに変わっていきます。
30年前と今とは違いますし、
もちろん100年前、300年前、1000年前、2000年前とは全く違っています。
しかしまた同時に、人間はある意味、
昔から全く変わっていないとも言えます。
だからこそ、数百年前、数千年前の古典や物語に心打たれたり、
胸を躍らせたりするのです。

「クラシカル」という名前は、
単にハーネマンの時代に行われたものを
そのまま踏襲するという誤ったイメージを持つ人もいます。


また、「プラクティカル」という名前ですが、
ホメオパシーは、理論と実際が一つになっているものなので、
プラクティカルという名前そのものが必要ありません。
わざわざプラクティカルという名前をつけると、
まるでそれ以外のホメオパシーが実践的でないような、
全く間違った誤解を与えてしまいます。

もし、本気で「プラクティカル」ということを追求するならば、
いわゆる「プラクティカルホメオパシー」は、
本当に「プラクティカル」なのでしょうか?


本当のプラクティカルとは、「ありのままの実際に基づいていること」です。
ありのままの実際に基づいているからこそ、
それが実際に「役に立つ」のです。

「プラクティカル」という意味は、
辞書で引きますと、


prac・ti・cal /
#a (opp. impractical)
1a 実地の, 実際的な (opp. theoretical), 実行上の, 実施上の (opp. abstract); 実際に役立つ, 実用的な, 応用的な, 役に立つ; 実際の活動向きの;
・practical knowledge 実地から得た知識.
・practical experience 実地の経験.
・practical English 実用英語.
b 実地を踏んだ, 経験に富んだ, 経験的な; 事務的な, 散文的な; [derog] 実利しか考えない.
・a practical teacher 老練な教師.
・a practical mind [man] 実際家.
2 実質的な, 事実上の.
・Our success was a practical failure. 実質的には失敗であった.
・with practical unanimity ほとんど満場一致で.
・a practical certainty まず確かなこと.
for (all) practical purposes 《理論は別として》実際的には.
→not practical POLITICS.
#n 実技試験; [pl] 実際家.
実地的[実際的]なこと, 実用主義.
~・ness n
[practic; ⇒PRACTICE]

[株式会社研究社 リーダーズ英和辞典第2版]

です。


実際に役に立つ、という意味からすると、
実は「本物のクラシカル」の方が、
遙かに実際の役に立ちます。
ありのままの実際、ありのままの真実に基づくからです。


つづく

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2008年07月15日 08:23に投稿されたエントリーのページです。

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