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小林秀雄、杉本春夫、埴谷雄高さんのこと (2)

埴谷雄高さんは、戦後すぐ昭和二十一年に、
「近代文学」という雑誌を創刊しました。
荒正人・小田切秀雄・佐々木基一・埴谷雄高・平野謙・本多秋五
の五人による同人誌です。

すぐに企画として出てきたのが、小林秀雄との対談です。
小林秀雄は、埴谷さんたちにとって、
どうしても超えていかなければならない大きな壁でした。

戦争を越えて、人間の生き方を根源的に問いなおし、
真の文学、本当の近代の文学を打ち立てていこう、
とする熱い思いの五人だったのです。

対談を申し入れて、小林秀雄から承諾の返事をもらうと、
五人は小林秀雄を徹底的に論破しようと、
連日夜を徹して議論を重ねました。

そして、その日を迎えました。


結果は・・・・・
惨敗・・・・・


五人は小林秀雄に徹底的に、
完膚無きまでに論破されたのです。
その夜、五人はヤケ酒を飲みました。
あんなに予行演習を重ねたのに、
まったく役に立ちませんでした。
しかし、余りにも完全に打ちのめされたので、
妙にさっぱりしたヤケ酒だったそうです。

しかし、それで話は終わりではありませんでした。
その対談の速記録が、小林秀雄に回されて、
手を入れられて返ってきたのです。

速記録は、あらゆる発言に手を入れられて、
大幅に書き換えられていました。
小林秀雄自身の発言だけではなく、
五人全ての発言にも徹底的に手を入れられていました。

最初は「何だこれは!」という反応でした。
「自分の発言を直すのは良いけれど、
他の人間の発言に手を入れるとは、なんたること!
どういうことだ!」
という感じでした。


しかし、手を入れられた自分の発言を読んでみると、
唖然、呆然、愕然としました。

五人の発言はすべて、
「そうだ! 本当は俺はこう言いたかったんだよ。
正に言いたかったことは、これなんだ!」
と思わずうなってしまうように、見事に書き換えられていたのです。

発言した時には必ずしも明らかではない真意が
素晴らしい形で美しく表現をされていました。

そしてその上で、
小林秀雄は完膚無きまでに、
五人を徹底的に論破していたのです。

それを読んだ五人は、正に放心状態。
完全にノックアウトされてしまいました。

しばらくの間はため息ばかり、
全く仕事にならなかったそうです。

それ以来、時を経れば経るほど分かったのは、
「小林秀雄を超える」ということは、
決して出来ない、ということだったと言うのです。


「小林秀雄は超えられないんですよ。
例えばね。バッハを超えられますか?
ベートーベンを超えられますか?
並ぶことはできるかもしれないけれど、
「超える」ということはできないですよ。
小林秀雄も同じです。
あのように富士山のてっぺんまで行った人を
「超える」ということはできないんですよ。
てっぺんというのは超えられないんだから。」


それ以来、埴谷さんの本を読んでみました。

それにしても、そのタイトルからして尋常ではありません。
読み方からして見当もつかないような言葉が並びます。


『鞭と独楽』
『墓銘と影絵』
『罠と拍車』
『垂鉛と弾機』
『甕と蜉蝣』
『振子と坩堝』
『渦動と天秤』
『兜と冥府』
『鐘と遊星』
『石棺と年輪』
『蓮と海嘯』
『暈と極冠』
『雁と胡椒』
『虹と睡蓮』
『螺旋と蒼穹』
『濠渠(ほりわり)と風車』

どうですか?

タイトルにも驚きましたが、
読んでみるともっと驚きました。

評論の文章が
透明感と陰影がある、
素晴らしく流麗な文章だったことです。

「死霊」は、ごつごつした、
とても抵抗感のある文章でした。
(もちろん内容をありのまま表現するために
意図的に創り出した文体なのですが)

同じ作家とはとうてい思えないような、流麗な文章でした。

思い直して「死霊」にも再挑戦してみましたが、
残念ながら「死霊」は相変わらず読めませんでした。


死霊をとりまくキーワードは、とっても面白いです。

風癲病院
自同律の不快
虚体
無限宇宙の果て
自己完結した世界で生きる「愁いの王」
数億光年の無限からやってきた夢魔
無出現の思索者
「存在宇宙」とその負の世界の「亡霊宇宙」
人類滅亡のときの最後の人間の話
存在の創造の秘密
死者の電話箱を使い、死の隣の世界である分解の王国と交信した医師

などなど。

えっなんだろう!!!
どきどきします。 ドキドキ


読めなかったのは、
もう二十年以上前のことなので、
今は読めるかもしれません。

ぜひまた挑戦してみたいと思います。

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2008年06月20日 05:41に投稿されたエントリーのページです。

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