靴磨きが「病膏肓に入る」ようになると、
自分の靴や家族の靴はもちろん、
他人の靴を見ても磨きたくてたまらなくなります。
自分の靴や家族の靴をまず手当たり次第に磨くようにもなりました。
そして、スタッフの靴も「隙あらば」磨きました。
次第には、街を歩いていて、
靴を磨いていない人を見ると、
思わず、「あなたの靴を磨かせて下さい」
とうっかり言いそうになる・・・実際には言ってませんが・・・
という状態にまでなりました。
昨年11月の国際セミナーに、
友人のミッシャ・ノーランド先生と息子のマニーを招きました。
とても楽しく素晴らしい日々を過ごしましたが、
その時に、ミッシャは、5年前に買ったという、
ダークブラウンの、かなりくたびれた靴を履いていました。
艶もなく、ホコリがかぶっていて、ザラザラしています。
その靴を見ると、私の「病」がムズムズとしてきました。
居間で楽しくお話しているところを、こっそり抜け出して、
まず片方の靴を磨き始めました。
まず、ブラシでホコリをよーく取り払い、
クリームをつけては入念にブラシで磨くことを何度か繰り返しました。
3回くらいかなり入念に磨くうちに、
カサカサになっていた表面が、次第に艶を取り戻し始めました。
革は、相当に「お腹が空いていた」らしく、
大量にクリームを呑み込み、
しなやかさを取り戻し始めました。
その段階でミッシャに靴を見せると、
ミッシャは誰の靴か分かりませんでした。
ミッシャの靴だと分かった時の、ミッシャの驚きは相当のものでした。
靴を買った新品の状態に近かったのです。
しかし、ミッシャの喜び驚く顔を見ると、
病が疼いてきます。
ミッシャの靴は、ハードなワークブーツで、
ワックスをかけるような靴ではありません。
しかし、無謀にもワックスを掛け始めたのです。
これからが大変でした。
ワークブーツは、元々艶を出すようにはなっていません。
オイルが染みこませてあり、
水が簡単には中には染みこまないようになっています。
その代わり、つややかな艶は出ません。
それは、後で帝国ホテルの師匠に教わったことですが、
その時は未だ知りませんでした。
そこからが、大変な苦行でした。
いくらワックスをつけて磨いても、艶が出ないのです。
そのまま2時間が経ちました。
何度磨きを繰り返したでしょうか?
12回くらいだったと思います。
ミッシャが何事かとのぞきに来ました。
しかし、まだ2時間前の状態とさほど変わり映えがしません。
その状態では未だ見せたくはありませんでした。
そのうちびっくりさせてあげるよ、と言ったら、
もう十分にびっくりしている、と言います。
そう言われると、もっと驚かせずにはいられません。
しかし、翌朝には外出もあります。
その時までには、両方の靴を仕上げなければなりません。
仕方なく、もう片方の靴も同じくらいに磨き、
それから片方ずつ作業を交互に繰り返しました。
気がつくと、明け方の5時になっていました。
その時には、ようやく少しずつ本格的な艶が出てきました。
完全な鏡面仕上げのNo.8とまでは言えませんが、
まあまあの準鏡面仕上げのNo.7に近くなってきました。
そして、しばらくの間、ベッドで気絶しました。
翌朝の朝食の時に、しずしずと靴をミッシャに見せました。
ミッシャの反応は、「気絶」せんばかりでした。
その日は東京をいろいろと見せた後、
帝国ホテルの師匠にどうしても見せたくなり、
ミッシャを連れて行きました。
ミッシャの靴を見るなり、師匠は、ハッとした感じで、
「こ、こ、これは一体誰が磨きましたか?!」と聞きました。
「どうしてですか?」と聞きますと、
「これはすごいよ! この靴はこんな風な艶は絶対出ません。
こんな風に艶が出るようにはなっていないんです。
いったいどんな人が磨いたのか、この外人さんに聞いて下さい。」
とおっしゃいます。
おずおずと、実は私です・・・・・と申しますと、
師匠は、「いやーこれは凄いです。プロでも、よほどのプロでないと、無理です。」
と言われます。
「いったいどれくらい磨いたんですか?」 と師匠。
「実は、約10時間です。」と申し上げますと、
「いやー本当に愛情だね。今日はあなたに教えられましたよ。
この靴はこんなに愛情をかけてもらって本当に幸せだ。」
「これはプロでは無理だね。プロは10時間かけることは絶対出来ないし、
こんな仕上げが可能だとも思っていないし、
まあ正直言って、ここまで根気が続く人はなかなかいませんね。」
私はすっかり舞い上がってしまいました。