それ以来、時々その人の話を聞くために、
時々帝国ホテルで靴を磨くようになりました。
以下、その方を師匠とお呼びします。
そこには、いろいろな方が来られます。
政治家、実業家、映画スター、スポーツ選手・・・
思いがけず、女優の栗原小巻さんには3度会いました。
ある年末の忙しい時、
行ってみると、とても混み合っていて、
5人くらい並んでいました。
実は、もう一人若い方も靴を磨いてくださるのですが、
私が目指しているのは、もちろん師匠。
並んでいる方も同じとみえて、
若い方の方に並んでいるのは、1人だけでした。
もちろん帝国ホテルで認められていらっしゃる方ですから、
若い方も腕は良いのですが、
トータルな力はまだまだ師匠には及びません。
師匠は、ゆったりとしている時には、一人30分、
混んでいる時でも15分から20分はかけるので、
これは相当に待つなあ、と思っていました。
私のすぐ前には、大きな紙袋を抱えた上品な女性が、
少し落ち着かなさそうに待っていました。
時々時計を見ながら、どうしよう、遅れちゃう、
という感じに見えます。
スカーフと品の良いサングラス姿でした。
どことなく見たことがある人だなあ、と思ったのですが、
ちょうど読みかけの面白い本がありましたので、
その女性のことは余り気に留めず、
本を読んでおりました。
1時間くらいしたでしょうか。
前の女性の番がようやく来ました。
紙袋から靴が入った箱を8つ!取り出すと、
「金ちゃん、これお願いします。」
と言って、にこっと微笑まれました。
そのお顔がとっても美しく、また上品でした。
すると師匠は、
「小巻ちゃん、今日もずっと待ってたの?
預けるんなら、並ばないでちょっとそこに置いてくれたら良かったのに・・・
今日は本番あるんじゃないの?」
と言われるのです。
「そうなの。実はもうすぐ行かなくてはならないので、
これ、お願いします。
今日はちょっと急いでいるので、ごめんなさい」
と言われました。
そして私にも「お待たせしてごめんなさい。」
と行って、深い会釈をして足早に去っていきました。
えっ 小巻ちゃん? ああそうか栗原小巻さんだったんだ。
なるほど・・・彼女はやっぱり普段からそういう人なんだ。
映画「忍ぶ川」以来、彼女のファンだった私は、
すっかり感じ入ってしまいました。
師匠の前に座ると、すぐに
「今の方は栗原小巻さんだったんですね」
と聞きました。
「そうなんです。預けていかれるだけなんだから、
さっと私の横に靴を置いていって下されば良いのに。
何度そう言っても、栗原さんは必ず並ばれるんです。
他の方や私に迷惑をかけるから、って。
たった数秒のことですから、別に誰にも迷惑をかけるわけでもないのにね。
付き人だっていらっしゃるのに、
絶対にご自分で持ってこられて、
必ず並ぶんですよ。
もう、まいっちゃいますね。」
ホントにまいちゃいました。