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ブログを始めるにあたって ホメオパシーとの出会い(3)

その日から堰を切ったように、毎日奔流のように、
次々にいろいろなイメージが
浮かんでは消え、浮かんでは消えていきました。


パリでレコード盤がすり切れるほど繰り返し聞いた、
フランクのヴァイオリンソナタ

ピアニストのスヴァトラフ・リヒテルと
ヴァイオリニストのダヴィッド・オイストラフが演じる
極限的な繊細さと極限的巨大なスケールが
一つに溶け合う超絶的な名演奏。

また極小の素粒子の世界が、極大の宇宙の世界に
そのまま直結する素粒子物理学と宇宙物理学。
ミクロコスモスとマクロコスモスの融合……。


そのイメージはやがて、

西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一、
武道における静と動の極限的一致、
絶対的受動と絶対的能動の一致、
愛と理性の一致、

右脳と左脳の一致、
両性具有、
禅の公案、

ゲッデルの不完全性定理、
ハイゼンベルグの不確定性原理、
ニールス・ボーアの相補性原理、
シュレディンガーの微分方程式とハイゼンベルグのマトリックス、

数学の開区間と閉区間、
微分と積分、
三体問題……

と次々と進み、枝分かれし、
凄まじいまでのエネルギーの奔流に、
私はただただ翻弄されていました。


それから私は猛然と勉強を始めました。

ホメオパシーの原典の「オルガノン」、
ケントの「ホメオパシー哲学」、
スチュアート・クローズの「ホメオパシーの精神」、
ヴィソルカスの「ホメオパシーの科学」、
さまざまなマテリア・メディカとレパートリー、
何を読んでも唖然とするばかりでした。


「今までやっていたことの全てがこの中にある。
『現象として表現されないような『隠れた本質』というものは存在しない』
という実存主義は、
それに先立つこと百五十年前、
すでにハーネマンによって、
徹底的に磨き抜かれた形でここに実現している。

理論と実際が完全に一致し、
哲学と科学が芸術的に融合している。
全てがここにある!」
そう言う思いに満たされていきました。


それまでの私はさまざまなことをやっていました。
哲学、数学、物理学、心理学、文学、音楽、武道、スポーツ・・・
何をやっても究極的に同じところを目指している、
という感覚がありました。

ちょうど円の周囲に、
哲学、数学、物理学、心理学、文学、音楽、武道、スポーツ・・・など
あらゆるものが取り巻いているけれど、
その全てが円の中心点に向かい、
中心点で一つに溶け合うイメージです。

その中心点は具体的なものではありえない。
具体的なものであったら、
全てが一つに溶け合う中心にはなり得ない。
そういう感覚がありました。

しかし、ホメオパシーを知った後、
ふと気がつくと、
そこにホメオパシーがいつの間にか
静かに座っていたのです。

これはあくまで私の個人的な感覚に過ぎません。
しかし、私個人にとって、それは大事件でした。

アメリカ・フランス留学時代、
学友からよくこう言われました。
「君の言うことは、とても面白いし共感するけれど、
君のやろうとしていることは、「仕事」にはなりえないよ。
君は単なる哲学者でもなければ、
単なる物理学者でもなければ、
単なる文学者でもなければ、
単なる歴史家でもなければ、
単なる音楽愛好家でもなければ、
単なる武道家でもない。

どのようなジャンルにも入らない。
それは、ある意味素晴らしいことだけれど、
逆に言うと、君は何者でもない、
ということでもある。
君はいったいどうなるんだろうね。」


このように言われて、
その度に、
嬉しいような、
悲しいような、
誇らしいような、
みじめなような、
何ともいえない思いを味わっていました。

「自分の居場所がない」、
「誰にも理解されない」、
「宇宙に独りぼっち」

「でもソクラテスや、仏陀や、
キリストや、デカルトや、パスカルや、
ニーチェや、ショーペンハウエルや、
フロイトとは、いい友だち」

そういう感覚を深く持っていました。

しかし、それが全て逆転したのです。
これは、正にコペルニクス的転回とでも
呼ぶべき、画期的な転回でした。

「ついに道が見えた。
今こそ明確に私の進むべき道が見えた。
そうか、これに出会うために、
今までの遠回りに見える人生があったのか」
という思いが私を圧倒しました。

今までやった全てが
両手両足を伸ばしてここに活きてくる。
ただ単に、「どんなことも全てに通じるものがある」
という抽象的なことだけではなく、
全ての具体的なことが、
ひとつひとつすべてその本来の場所を与えられ、
全てがそっくりそのまま活きてくる、

そういう圧倒される感覚でした。


そのうちに、私の中で翻然と、
「どうしてもこれを伝えなければならない!」
という決意が生まれました。

そして、由井寅子さんとロンドンで意気投合し、
共同で通信教育の学校を立ち上げました。
これが現在のロイヤル・アカデミーです。

由井さんとはやがて袂を分かち、
私は新たな構想の下で
ハーネマン・アカデミーを立ち上げましたが、
ホメオパシーについて多くのことを語り合ったことは、
今も良き思い出です。


それから十数年が経ちました。
最初はほとんど誰もホメオパシー
という言葉さえ知りませんでしたが、
今ではテレビで放映されたり、
入門書も何冊か出そろったり、
素晴らしい専門書も何冊か出たり、
今ではずいぶんと知られるようになりました。

しかし、日本における真のホメオパシーの幕開けは、
今始まったばかりなのです。
このささやかなブログが、
その幕開けに少しでも貢献できることを、
心から願っています。

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2008年04月08日 08:25に投稿されたエントリーのページです。

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