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ブログを始めるにあたって ホメオパシーとの出会い(1)

日本でホメオパシーの専門教育を始めて、11年になろうとしています。

日本にホメオパシーという言葉が
ほとんど浸透していなかった時に、
いきなり専門教育を始めるなんて、

今考えても「無謀」以外何ものでもないと思いますが、
よくここまでこれたなあ、というのが正直な気持ちです。


とは言っても、日本のホメオパシーは、
現状はかなり特殊な状況になっているので、
早く正常化する必要がありますが、
ともあれ日本のホメオパシーは今始まったばかりです。

日本のホメオパシーを始めた者として、
これからより一層努力をしていきたいと思います。


さて、このブログでは、ホメオパシーのことはもちろん、
広く森羅万象について、自由に語っていきたいと思います。

とは言っても、ホメオパシーはもともと
森羅万象にありのままに基づくものですから、
どのようなこともホメオパシーにそのまま繋がります。

一見何の関係もなさそうな、
政治、経済、数学、物理、文学、社会学、武道、芸術、靴磨き・・・・


どんなことも実はそのままホメオパシーです。
日々、いろいろと考えたこと、気がついたこと、
感動したことを自由に書きたいと思います。


また、もちろんホメオパシーについても、自由に語っていきたいと思います。

HPにはなじまないようなことも、
ブログならば自由に書けますので、何だか楽しみです。


理想的には毎日書きたいのですが、残念ながらそうもいかないので、
週に一回くらいを目標にしたいと思います。


さて、第一日目はホメオパシーとの出会いについてです。
昨年に春秋社から出した「ホメオパシー入門」の序文に少し書きました。
今日はその序文の一部をベースに、もう少し書き足して書こうと思います。


私は大学時代にディベートDebateをやっておりました。

ディベートとは、ある提議があり、それに賛成・反対の両方の立場を研究し、
「試合」の直前にジャンケンで、賛成か反対かを決めるものです。

このディベートの経験は、私にとって人生を一変させるくらいの大きな経験でした。


それまで、私は私の「意見」なるものがあると思いこんでいました。

よく、ものの本に「自分の意見を持ちなさい。
自分の意見を持って初めて一人前の大人である」

などと書いてあって、私は単純にそう思っていたので、
一生懸命自分の意見なるものを持とうとしていたのでした。


しかし、ディベートをやって、
そんなものは極めて浅薄であることを思い知らされました。

半ば強制的に、賛成、反対の立場から
ものを真剣に調べ、考えることによって、

自分の意見なるものが、いかに自分の意見などといえるような
ものではないことを、痛感したのです。

自分が確かだと思いこんでいたものは、自分の意見などではなく、
せいぜいどこかで読んだ記事の受け売りだったり、
自分が好ましいと思っている人の意見だったり、

それに都合の良い記事や主張のみを取り入れていたり
している程度のものであったことを、思い知らされました。

ディベートについては、またいずれ詳しく書きたいと思います。


4年間のディベート生活の中で、
最もインパクトがあったのは、死刑のディベートでしたが、
もう一つ、安楽死についてのディベートもありました。

この安楽死について調べていた時に、
外国の医療制度をかなり詳しく調べました。

その時に、ヨーロッパにはホメオパシーという医療があることを知ったのです。


といっても、その当時は、
「似たものが似たものを治す」なんて、
本当に奇妙な治療法もあったものだなあ

というくらいの興味しか湧きませんでした。

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2008年04月01日 15:52に投稿されたエントリーのページです。

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