2010年02月26日

日本のホメオパシーはどうあるべきか? (4)

このことは、ずっと以前から頭にありました。

何とかして、「ピン」の
「真っ当なファミレスホメオパシー」を実現できないだろうか?

本来の専門店のホメオパシーだけではなく、
多くの方たちが、
親しみやすく、
容易に、
安全に、
正しくホメオパシーを
活用していただくことができないか、と。

しかし、本来の素晴らしさを出来るだけ損なわずに、
簡便にすることは、
極めて難しいことです。
この二律背反を、
どのように解決していくのか、
ずっと10年余り考えてきました。

それがようやく結実したのが、
Selfcare Advisor School (SAS)です。
詳しいことは、
2009年の2月と10月のブログを
読んでいただきたいと思いますが、
全体性を見ながら、
簡便で有効な処方ができます。

このような質の良いセルフケアーアドバイザーが、
どんどん増えていくことで、
日本で真っ当で親しみやすいホメオパシーが
広まっていって欲しいと思います。

つまり、セルフケアーアドバイザーこそ、
「真っ当なファミレスホメオパシー」なのです。

「ファミレスホメオパシー」は、
絶対に必要です。


しかし・・・

今、日本で広まっているホメオパシーの多くは、
「真っ当なファミレスホメオパシー」どころか、
安手で問題だらけの「ファミレスホメオパシー」が増え、
多くの問題を引き起こしています。
ホメオパシーについて、
悪いイメージや、
間違ったイメージを持つ人が増えているようです。

これからは、真っ当なホメオパシーを
優しく、
しかし大きな声で
実現していかなければなりません。


本来のホメオパシーだけでなく、
「真っ当なファミレスホメオパシー」も、
良い種が蒔かれて、
良き花を咲かせていくことが必要です。

これから、
私も一段と努力していきたいと思います!

その具体的方法については、近々書きましょう!


つづく

2010年02月25日

日本のホメオパシーはどうあるべきか? (3)

この話はずっと心のどこかに引っかかっていたのですが、
最近、ふと気がつきました。
そうか、これはホメオパシーの話と同じだ!と。


ホメオパシーは本来、オーダーメイドの医療です。
その人の存在のあり方に
最も似たレメディーに近づいていく旅です。
本来、一人一人に合わせた処方のみが存在します。

洋服も同じです。
本来はその人に合わせたサイズのみが存在します。

しかし、オーダーメイドは
コストがかかります。
一人一人に合わせるわけですから。
ですから、ほとんどの服は既製服です。
オーダーメイドのようにはいきませんが、
それなりに適合します。

レストランもまた同じです。
専門店もあれば、
街の定食屋さんもあれば、
ファミレスもあります。


それではホメオパシーはどうでしょうか?
ホメオパシーもまた同じです。
本来のホメオパシーが目指す
専門店のホメオパシーもあれば、
街の定食屋さんのホメオパシーもあれば、
ファミレスのホメオパシーもあるでしょう。

私たちが目指してきたのは、
本来のホメオパシー、
すなわち専門店のホメオパシーです。
これは、ずっと変わることがありません。
街の定食屋さんのホメオパシーも、
基本は同じです。
気楽に利用できるように、
コストを安くする工夫をしているだけで、
基本は同じです。

それではファミレスのホメオパシーは
いかがでしょうか?

もちろんファミレスでも
「ピンからキリ」まであります。
「キリ」のファミレスのホメオパシーとは
ごく単純にこの症状にはこれ、
というホメオパシーです。
人間全体を見るのではなく、
狭い意味での症状を、
単純にレメディーと「線結び」した処方です。
ケガにはArnica、
自信がなければLycopodium、
酸欠だったらCarbo veg.・・・
というように。
それどころか、
単純にそれを増やしていく・・・
数種類から数十種類まで同時に、
あるいは時間をずらせて投与する。

このやり方ですと、勉強は必要ないですね。
「一覧表」さえあれば、出来ます。
人を観るトレーニングも必要ありませんし、
全体を観る必要もない。
極論すれば、1日あれば
トレーニング終了可能です。

言うまでもなく、
これはホメオパシーではありません。
実は現代医学の考えそのままで、
新薬の代わりに
ホメオパシーレメディーを使っているだけです。


しかしながら、
真っ当な「ファミレスホメオパシー」は、
必要です。
本来の「専門店のホメオパシー」は素晴らしいけれども、
難しいからです。
超一流の味覚を持つファミレスのオーナーの経営する
真っ当なファミリーレストランのような、
「真っ当なファミレスホメオパシー」が、
絶対に必要なのです。


つづく

2010年02月23日

日本のホメオパシーはどうあるべきか? (2)

このタイトルで書こうと思ったとたん、
朝青龍のことが連日にぎわってしまいました。
いずれ書くかもしれませんが、
朝青龍のことは、ひとまずおいておきましょう。


私は"少々"漫画を読むことがあるのですが、
ずっと昔に読んだ料理漫画の中で、
非常に印象的なシーンがありました。

超一流フランス料理のシェフと、
大手ファミリーレストランチェーンのオーナーの
話だったと思います。

大手ファミリーレストランのオーナーが、
超一流レストランの料理を食べ、
非常に感動しました。
その超一流シェフもまた
ファミレスのオーナーのコメントを聞いて、
びっくり仰天しました。
ファミレスのオーナーなんて、
味もろくに分からない味音痴に違いない、
と思いこんでいたのに、
一流の評論家も遠く及ばないほどの
素晴らしい本質的なコメントの数々。
おまけに誰も見抜けないだろうと思っていた
シェフ独自の料理の秘密を、
いとも簡単に言い当てたのでした。
すっかり意気投合して、
何度も交流するうちに、
超一流シェフとファミレスの
コラボレーションして、
新たな定番料理をを作ろう!
ということになりました。

そして、いよいよ試食の日、
超一流シェフは、
自信満々で料理を出してきました。
シェフ自身が穴場の朝市で見つけてきた
旬の野菜や魚介類を使って、
驚くほど美味しい料理を、
驚くほど安価に作ったのです。
ファミレスのオーナーも、
余りの素晴らしさに感嘆し、
惜しみない讃辞を捧げました。

Bravo !!!!!


しかし・・・
突然厳しい表情に変わり、

「だが・・・これは零点。 
うちでは全く使えませんな!」
と宣言したのです。

顔色を変えて詰め寄る超一流シェフ。
「あなたは、今私の料理を絶賛しましたよね。
『素晴らしい!
こんな値段で
こんな高いクオリティーの料理が作れるなんて、
やっぱり天才だ! すごい!』
そう言ったばかりじゃありませんか!」

「確かに私はそう言いましたよ。
それでもこの料理は私の店では出せませんな。」

「なぜですか?
これだけの素材を、
これだけ安く
これだけ美味しい料理は、
ファミレスにぴったりではないですか!」

「なるほど・・・
あなたは地方の市場で、
他所では出ていないような
安くて美味しい素材を見つけてこられましたな。
そして、素材も素材だけれども、
この素材をこんな素晴らしい料理に仕立てた
あなたの技術は本当に素晴らしい!
本当にそう思います。
しかし、だからこそ使えないのです。

あなたの料理は、
あなたのお店一軒だけで使う素材の量と、
あなたの天才的な腕を前提とした料理になっている。

しかし、私のチェーンでは、
お店がいったい何件あるかご存じですかな。
1000軒以上あります。
毎日毎日ものすごい数の方々がいらっしゃる。
あなたは、地方の市場で、
他では売っていないような
旬の素晴らしい素材を見つけてこられましたが、
その素材を1年間、1000軒以上の店に、
常に安定的して必要量を
毎日毎日供給できますか?

あなたのような専門店は、
その時その時の良い素材を使えば良いが、
ファミレスというのは、
常に安定したメニューで、
安定した味を出していかなければなりません。

また、あなたのお店は、
あなたの超一流の腕で料理を作っている。
しかし、ファミレスで料理を作る人間に
そんな人がいると思いますか?
ほとんどが素人に毛が生えた程度、
まあ素人同然です。
そんな人が、
あなたのあの芸術的な味が出せますかな?
誰でも、すぐに作れるようなものでなければならないのです。

だから、さきほどの料理は、
ファミレスのメニューとしては、零点なのです。」


つづく

2010年02月18日

名古屋、大阪、鹿児島、長野、東京セミナー (1)

毎年2月は、いろいろな場所でセミナーを行っています。
今年も名古屋、大阪、鹿児島、長野、東京で行いました。

今年のメインテーマは、
真の治癒とは何か?

「ホメオパシーの新約聖書」と呼ばれる
「ケントのホメオパシー医学哲学講義」
の第二章の素晴らしい講義を引用しました。


治癒とは「健康の回復」であり、
単なる症状の除去ではないということが
最初のポイントです。
「健康の回復」という視点には、
病気の人に秩序を確立するという意味があります。

単なる症状の除去という視点だけではだめなのです。

便秘、痔の静脈瘤、ひざの白い腫れ、皮膚病など、
どんな局部的な症状や病気の兆候でも、
それらを除去するという考え方には、
そこには人間全体の健康の再建という視点はありません。

単一の症状の除去であれ複数の症状の除去であれ、
考え方に変わりはありません。
症状の除去が
その後の健康の回復へと直結していないのなら、
それを治癒と呼ぶことはできないのです

前回の講義で、
「医者の唯一のつとめは病気の人を治癒すること」
であると学びました。
ですから、除去することで
秩序を確立できると思い込んで単に症状を除去することや、
除去によって症状の状態や
病気のイメージの表現形態を変化させることが
医者のつとめではないことは明らかです。 (中略)

これに対して理想的な治癒の過程では、
症状が除去されるたびに、
患者自身が全体として「健康回復へ向かっている」
と感覚的に認識できるべき
であって、
そのような状態が持続できるべきです。
身体の外に出ようとする症状が消滅するたびに、
それに対応する内部の改善があるべきなのです。

秩序だって病気が置換される場合は、
この現象は常に真実として成り立ちます。


正にコロンブスの卵だと思います。

治癒とは、単に病理学的症状が消えることだけではなく、
そこに新たな秩序が再建されなければならない!

最初にこの文章を読んだとき、
私の胸は高鳴りました。
何と素晴らしく高らかな理想に満ちた、
力強い宣言なのでしょうか。


つづく

2010年02月04日

朝青龍引退 (1)

「品格」とは何でありましょうか?


日本人の「品格」、

モンゴル人の「品格」、

羊の「品格」、

象の「品格」、

鮫の「品格」、

それぞれ、違う種類の「品格」があるでしょう。


モンゴルでは美徳とされることが、
日本では悪徳になったり、
日本では美徳とされることも、
モンゴルでは、「品格」に欠けるとされることも、
またあるでしょう。

モンゴルの大英雄チンギスハンは、
日本的尺度では、
ただの乱暴者であり、
品格も何もない、
野獣同然の男でしょう。

オルレアンの聖少女ジャンヌ・ダルクは、
イギリス人では、
頭のおかしい妖女だそうです。


品格という日本語は、
英語にすると、おそらくは
dignity という言葉になるだろうと思います。

1 威厳, 尊厳, 品位, 気高さ, 高潔さ; 《態度・ことばなどの》重々しさ, 荘重, 厳粛さ, 落ちつき.
・the dignity of labor [the Bench] 労働の尊さ[裁判官の威厳].
・a man of dignity 威厳[貫禄]のある人.
・with dignity 厳然と; もったいぶって.
2 名誉, 名声; 格; 位階, 爵位, 地位; 高位; 《古》 高位の人[人びと].
3 【占星】 惑星の影響が大きくなる位置.
be beneath one's dignity 威信[体面]にかかわる.
stand on one's dignity 威厳を示そうとする, もったいぶる, お高くとまる.
[OF

[株式会社研究社 リーダーズ英和辞典第2版]


それぞれの国によって、
品格の種類や質は異なるでしょう。


もちろん「良識派」の方たちは、
必ずしもそれを否定するわけではなく、
日本という国で、
しかも国技と呼ばれる大相撲で、
「心技体」その全てにおいて
模範とされなければならない立場の
横綱であるからこそ問われる、
ということなのでしょう。

しかし、それであっても、
やはり私は感じます。
何と狭量なんだ!
と。


つづく

2010年02月01日

日本のホメオパシーはどうあるべきか? (1)

明けまして、おめでとうございます

というのは、もうジョークのような時分になってしまいました。


前回の更新から、
早くも二ヶ月以上が経ってしまいました。

この間、いろいろなことを考えました。
特に変わったことを考えたわけではありません。
以前から、ずっと考えていることを、
また考えておりました。

と、
ここまで書いている途中でしたが、
朝青龍のことが俄に起こり、
あれよあれよという間に、
さまざまなことが起こっていきました。

「日本のホメオパシーはどうあるべきか」
というタイトルで書き終わったら、
ゆっくりと優勝のことを書こうと思っているうちに、
引退となってしまいました。

2009年11月23日

関定子さん、また藤木明美さん (3)

関定子さんを初めてお聞きし、
いろいろと検索してみました。

すると、びっくりしたことがありました。
世の中は狭いものです。
旧知のピアニストの方が、
関定子さんと共演していて、
しかもお互いのファンだそうです。

その方は、藤木明美さんというピアニストです。
http://www.geocities.jp/akm0606/Concert.html

2004年11月6日に共演されたそうで、
とても良いコンサートだったようです。
ぜひ聞きたかったです。

藤木さんの演奏は、ここで聴けます。
http://www.geocities.jp/akm0606/

とても素晴らしい演奏だと思います。
楽しんでください。
また、CDを買ってください!

藤木さんの十八番は、
ピアソラの「リベルタンゴ」です。
もちろんこれも名演奏ですが、
私は静かなバラード的な曲が好きなので、
「あなたに」という曲も
お勧めです。

また、関定子さんと、藤木明美さんのコンサートがあったら、
ぜひ聴きに行きたいと思います。


つづく

2009年11月10日

関定子さん (2)

関定子さんの
声の自在さ、というのは、
尋常ではないと思います。
正に比類がない・・・


関定子さんは、
とても楽しいトークをされます。
その時だけマイクでお話されます。
その時には、
あれほどの声で歌われた方とは思えないような、
「ふつーの」何でもないお声で
お話されます。
それは、すごいことです・・・

歌手とは「微塵も」思えないような、
本当に普通の地声というか、
歌手のかけらもないような、
地声でお話されるのです。

それの何が凄いのか?
と疑問に思われるかもしれません。


しかし、
私は勝手に、
凄い!
と思ってしまうのです。

歌手の声の「名残」を
露一つも残さずに、
どのような声も
瞬間瞬間、全く自在に、
一瞬にして切り替わって出てくる。
何一つ、過去を引きずらない。

これは、すごい!
と思ったことでした。


関定子さんのトーク。
これは本当に軽妙で、
また暖かく、
ユーモラスで、
しかもどっしりと腰が据わっています。
これは、本当に大したものです。
今日は来て良かった!
と思わせるのに十分です。

そして、その直後の歌・・・
それは圧巻です。

本格的オペラから
日本の歌曲や流行歌まで。
何でも歌えますし、歌います。
その歌に必要な声に、
瞬時にチャンネルを合わせます。
正に、瞬時に。

それが、関定子さんの本領です。


そして、それがまた、
クライアントの場所に瞬時に合わせる
ホメオパスの役割とも、
そのまま重なります。

ホメオパスの場所に
クライアントを引きずり込むのではなく、
まずクライアントの場所に赴き、
クライアントの場所からスタートする。

正にホメオパシーなのです。


つづく

2009年11月08日

関定子さん (1)

先週金曜日、11月6日。
こんなにびっくりしたことは、
本当に久しぶりでした。

関定子さん。

日本という国は、
本当に面白い国です。
こんな凄い人が、
十分に世に出ていないとは・・・

決して無名の方ではありません。
それなりには知られていますし、
NHKのBSでも放送されるなど、
いろいろな場所に出演もされています。
http://www.voice-factory.com/main/log/eid132.html


しかし!
はたして
関定子さんに相応しい評価を
受けているでしょうか?

人間の声は、
本当に素晴らしいものです。
人間の声を超える楽器は、
ない!
と言えるでしょう。

今まで、たくさんの素晴らしい声を聴いてきました。
コンサートで。
レコードを通じて。
またCDを通じて。

しかし、こんな凄い声を聴いたのは、
初めてです。
理想的なベルカント・・・

実はベルカントについて
何も知らないくせに、
あー 本当のベルカントって
こういう声なんだ!
と何の根拠もなく
確信してしまったくらいでした!


人から出てくる空気の流れが、
こんなにも何一つ無駄や無理がなく、
全てがダイレクトに声に変換され、
磨き抜かれた珠のような声となり、
聴く者にもとに真っ直ぐに届いてくる。

しかもその声は、
あらゆる感情の曲率を
自由自在に帯び、
一つの方向にのみ固まることなく、
どのような表情も、
変幻自在に表現し尽くすのです。

正に、テバルディーとマリア・カラスが融合したような、
凄まじいまでの声でした。


つづく

2009年11月05日

国際セミナーおよび11月からの新コース (4)

毎年、国際セミナーでは、
素晴らしいホメオパスが、
素晴らしい講義を繰り広げてこられました。


今年の国際セミナーは、
その中でも非常にユニークな位置を
占めることになると思います。


と書きかけているうちに、
新コースの第一回目の6日間が
今日終わりました。

素晴らしい6日間でした。
本当に・・・


その様子を、
すぐに書き始めたいところですが、
少し発酵させながら、
何回かに分けながら、
書きたいと思います。


つづく

2009年10月27日

ベーチェチョルさん (5) 実は(7) そして関定子さん

べーさんのコンサートの後、
いろいろと考えました。


べーさんにはべーさんの夢がありますが、
I have a dream !
私にも私の夢があります。


「全ての人が、
真の自分自身を見いだすこと、
人生のクオリティーを高める中で、
自分自身の人生の病を解決し、
自分自身の真の人生を見いだすこと」
です。


私の役割、
またホメオパシーの役割は、
一人一人の病を治癒することを通じて、
人生の病を一つ一つ解決し、
人生のクオリティーを高めることです。


最近もまた、とても嬉しいことが
いくつも続きました。

毎日激痛が全身に走っていた人から、
嘘のように苦痛が消えた。
それだけではなく、
考えたこともなかった
幸せな方向に進み始めた。

治らないとあきらめていた、
生まれつきの「障害」が、
思いがけず治癒し始めた。

歩けなかった人が、
力強く歩けるようになった。

「不治の病」と恐れられている病が、
奇跡的に治癒した。


人は、一歩づつしか
歩むことができません。

そして、その一歩を支援するのが、
私たちの仕事です。


今回、べーさんを
全力で応援しようと思った私ですが、
同時に、輪嶋さんも
全力で応援したいと思いました。

何よりも、その勇気に対して。
また、その美しい友情に対して。


輪嶋さんの会社、
ヴォイスファクトリーのHPを見ると、
11月6日(金)に、
関定子さんのコンサートがあります。
日本の心に残る名曲ばかりの構成です。

悲しい酒、
川の流れのように、
恋人よ、
夜明けの歌、
津軽のふるさと、
哀愁波止場、
水色のワルツ、
別れのブルース、
波浮の港、
蘇州夜曲、
アカシアの雨がやむ時、
君の名は、・・・

続々と続く名曲の数々。


http://www.voice-factory.com/

http://www.voice-factory.com/main/img/img272_file.pdf

素晴らしい歌い手だとお見受けしました。
何より輪嶋さんが惚れ込んでいます。
それならば、もう十分です!
(またまた怪しくなっていますが!)

また、輪嶋さんから聞いたことですが、
何と、スピリチュアルカウンセラー 江原啓之さんが、
関定子さんの大ファンで、
コンサートには
よく来られるそうです。
また、それだけではなく、
何と共演!したこともあるそう!

と書きながら調べてみますと、
江原さんのHPの中の、
過去の講演会の中にありました。

http://www.ehara-hiroyuki.com/guest/event/eventold.html

2005年の5月3日(火)~5月5日(木)に
『関定子&江原啓之 こどもの日コンサート』
大阪公演/東京公演

とあります。

江原さんのことは、
時々TVで拝見するだけで、
ほとんど存じ上げませんでしたが、
歌手でもあったのですね。

http://opera.ehara-hiroyuki.com/index.html

一度ぜひ歌をお聴きしたいものです。

と書きつつ、再び調べてみると、
ありました!

http://www.youtube.com/watch?v=sfTusNfYvR4

江原さんが歌うのを、初めて聞きました。
なかなかの歌を歌われますね。
また、歌を歌われるときは、
かなりエネルギーが変わりますね。
とても興味深いです。

江原さんというと、
鹿児島校の舞台、
堂園メディカルハウスの
堂園晴彦院長と、
とても懇意です。
江原さんが、
7月の鹿児島公演にいらっしゃった時には、
ちょうど鹿児島校の勉強会の日で、
自主勉強中の生徒のもとを
わざわざ訪ねて来られました!
生徒の一人一人にメッセージを送られ、
皆さんは、
とても感慨ひとしおだったようです。


さて、今週末から、
いよいよDinesh先生のセミナーです。
土曜日から火曜日まで4日間、
そして、来週の週末2日間、
合計6日間の過密スケジュールです。
11月6日というと、
ちょうどその間になります。

例年、国際セミナーにいらっしゃる講師の先生を
日本を感じていただきたいと、
京都にお連れしたりしていますが、
Dinesh先生は、
既に何度か京都には行かれていらっしゃるご様子。

ならば、
関定子さんの日本の歌のコンサートで、
ぜひ日本の心を、歌で感じていただきたい、
と思います。


11月6日、
この日にDinesh先生をコンサートにお連れしようと思います。
昼2時からと夜7時からの2部ありますが、
夜7時からの部に行く予定です。

今でしたら、とりわけ良いお席を
こちらでご用意できるようです。
一緒にいらっしゃりたい方は、

nagahahnemann@yahoo.co.jp

まで、ぜひご一報ください。

2009年10月26日

ベーチェチョルさん (3)-3

公演後、胸がいっぱいのまま
代々木公園から原宿を歩きました。

そして、会食の場となった、
渋谷の東急百貨店内のイタリアレストランに
向かいました。

そのレストランには、
素晴らしい別室があり、
30人近い方がパーティーができる場所でした。

会場に入った時、
ちょうどべーさん、松崎さん、輪嶋さんが
入ったところでした。
さて、どこの席に座ろうかな、と思いましたが、
既にいらっしゃっていた方々は、
べーさんたちの向かい側の席に座っていらっしゃいました。
真ん中にべーさん、
向こう側に輪嶋さん、
手前に松崎さん。
松崎さんの手前は、空いていました。
私は、今日ファンクラブに入ったばかりでしたので、
0.1秒くらい迷いました。
新米会員にも関わらず、
特等席に座って良いだろうかと。

しかし、一瞬の迷いを乗り越え、
ずうずうしく、松崎さんの横に座ったのでした。
関係ありませんが、
Aude Sapere !
という声が聞こえたような、
勘違いのような・・・

松崎さんは、とても柔らかい微笑みで、
歓迎してくれました。
そして、前菜が来ると、
「どうぞ」と言って、
すぐに取り分けてくれました。


松崎さんに尋ねました。
「舞台に上がってこられてから、
演奏中も、舞台を引かれるまで、
ずっと微笑んでいらっしゃるけれど、
それは、ある程度
意識していらっしゃるのでしょうか?」

松崎さんはこうおっしゃいました。
「確かに演奏家として、
全く意識していないというわけではありませんが、
それよりも、べーさんと演奏することが、
楽しくてしょうがないからだと思います。」
とても素敵な答えでした。


そして、美味しい美味しいイタリア料理に
舌鼓を打つうちに、
いよいよべーさんとお話しました。

べーさんの歌に非常に感動したこと、
以前の輝かしい声から、
深ーい深ーい声になっていて、
ずっと感動的な歌になっていること、
もしかするとカムバックしたとか、
一度声を失ったとか、
そういう「枕詞」なしに、
以前よりも今の方が、
音楽的にはずっと素晴らしいかも・・・
など、
ブログに書いたことを、
いろいろと話しました。

べーさんは、それを聞いて、
さまざまなことをお話してくれました。


「声を失ってから、
随分と自分自身を見つめ直さざるを得ませんでした。
そして、自分には感謝が足りなかった、
と気がつきました。

それから、カムバックへの
必死な道のりがありました。
正直なところ、
絶望的な気持ちに何度となく襲われました。
以前とは比べるべくもない自分の声に、
あきれ果て、自暴自棄にもなりました。

輪嶋さんにはものすごく感謝していますが、
私にも歌手としてのプライドがあります。
自分が納得できる歌になるまでは、
舞台に立つ、ということは、
できません!

「がんで声が出なくなった歌手が、
やっとここまで歌えるようになりました!」
という、お涙頂戴式の演出があって、
やっと納得してもらえるような、
そんな情けないコンサートなど、
絶対にできません!

しかし、現時点で自分にできる
精一杯の歌を練習しているうち、
思いもよらないような、良い声が出てきました。
以前にはなかった深い良い声です。


盛り上がる「聞かせどころ」。

以前は思いっきり声を張っていましたが、
今は声が出ないので、
やむを得ず、
以前とは比べものにならない弱々しい声で
「ごまかして」歌うしかない。
しかし、そうやって歌っているちに、
純粋に音楽的表現として、
こういう表現方法もあるんだ、
と思うようになってきました。

そして、以前は、
音楽のために声を使う、というよりも、
自慢の声を聞かせるために音楽を使う、
という状態であったことに
気がついたのです。

そして、今は、
以前の声よりも、
今の声の方がずっと好きなのです。
そして、これからもっともっと良い声になるのが、
本当に楽しみです。

思い上がっていた私に、
大いなる力を与えてくださった神様。
そして、多くの方たちに
その感謝を捧げ、お返ししたいのです。
そのためにも、
私は努力し、より素晴らしい歌を歌っていきたいと思います」
とおっしゃいました。


その話を聞いて、
よし! 私は全力でべーさんを応援しよう!
応援したい! と思ったのでした。


つづく

2009年10月25日

ベーチェチョルさん (3)-2

べーさんが、最初に歌ったのは、
またもや「輝く日を仰ぐとき」でした。

そして、またもや同じ慟哭が
私を襲ってしまいました。
体全身が小刻みに震え、
どうすることもできません。

べーさんの声は、
私に真っ直ぐ深く深く
入ってきたのでした。
一曲一曲と。

一曲終わると、
べーさんは幕に引っ込みます。
数曲だけではなく、
11曲もの曲を公衆の面前で歌うのは、
手術後初めてです。
次の曲に備えて、
調子を整えなければないのでしょう。

ピアニストの松崎さんも、
共に引っ込む時もあれば、
座ったままの時もありました。
どの瞬間にもずっと笑顔が溢れていました。
何かとても素晴らしいものが
それだけで伝わってきました。

べーさんは、一曲一曲、
曲の前に、
静かに黙想し、
そして、肯くのでした。

曲が始まると、
べーさんの魂が、
直接伝わってきました。

そして、あの感動的な名曲、
カッチーニのアヴェマリアで
前半を終えたのです。


ロビーに戻ると、
近くでべーさんのファンクラブの案内をしていました。
ファンクラブなるものに入ったことは
一度もありません。
ファンクラブが、何をするところなのかも
分かりません。
しかし、そこで話された内容には、
耳をそばだてずにはいられませんでした。

「ファンクラブの会員になられると、
今日終演後に行われる、
私的な夕食会に参加することもできますよ。
何十人の会ではなく、
本当に内輪の会です」
と言われていました。

私は瞬間的に、ファンクラブと夕食会に申し込んだのでした。


そして、再びコンサート。
心を打つ一曲一曲。
アンコール。
会場総立ちになって、
一つに溶け合いました。

アンコールの最後は、
またもや!
「輝く日を仰ぐとき」
今度は日本語歌詞でした。


再び深い深い感動。
こんなに心に染み入る歌は初めてでした。
忘れられないコンサートでした。


つづく

2009年10月24日

ベーチェチョルさん (3)-1

前回、ブログに書いて以来、
多くの生徒たちから、
次々に
「私もコンサート行きます!」
「怪しいブログに負けました!」 (どういう意味?)
「先約をキャンセルしちゃいました!」
というメールやお電話を、
びっくりするほどいただきました!

嬉しいような、
申し訳ないような、
でもやっぱり嬉しいです。


それでは、コンサートのこと、
ファンクラブの夕べのことを
書きたいと思います。

最初に行ったのは、
10月5日、
玉川聖学院という高校でした。
小雨の降る中、会場に入りました。

初めに以前のTV番組のダイジェストが
20分ほど放映されました。
何度も観たはずの番組ですが、
この時点で、かなり「きて」いました。
そして、いよいよべーさんが登場し、
大きな拍手が湧きました。
そして、最初の曲が、
「輝く日を仰ぐとき」でした。

この曲は、
べーさんが一色先生の手術を受けたとき、
声の調子をみるために何かを歌ってください、
といわれた時に歌った、聖歌です。

この歌を聴いた瞬間、
私は思わず慟哭してしまいました。
全身が震え、嗚咽していました。


1週間後、今度は渋谷の白寿ホールにいました。
今度は最初に輪嶋さんが出てきました。
軽妙かつ深いトークでした。

そして、いよいよべーさんと
ピアニストの松崎さんが登場しました。
一番前の席に座ったので、
二人は目の前です。
松崎さんは、にこにこして出てこられました。
そして、その笑顔は
演奏中も途切れることなく、続いたのでした。


つづく

2009年10月23日

ベーチェチョルさん (4)

あれ!
どうして(4)なの!
(3)が抜けてる!
と思われていらっしゃる方、
少しばかりお待ちください。
(3)もまた書きます。

実は、べーさんのコンサート、
あれから2回聞きました。

一度は北九州で21日、
もう一度は、今日23日に名古屋で。


北九州は、素晴らしいピアニスト、松崎さんの故郷です。
また、私にとっても、昔懐かしい場所です。
実は、この日は本当は鹿児島校の授業の日でした。
先週、駄目かなーと思いながら、
授業日の変更を生徒の皆さんに諮りました。
そうすると、嬉しいことに
次から次に、行きます!
というお返事をいただきました。
残念ながら、お一人、
急なやむを得ないご事情で、
いらっしゃれなくなった方がありましたが、
ほぼ全員北九州に集まりました。

何と、みんな鹿児島から車に乗って、
往復600キロ以上の道のりを
ものともせず、
遥々やってこられたのでした。
本当に嬉しかったです!

そして、今日は名古屋でした。
またしても、15人もの方々がいらっしゃっていただきました。
本当に有難うございました。

演奏会では、私の顔を見るなり、
主催者の輪嶋さん、巣守さんが、
「ながまつさーん」と暖かく迎えてくださり、
とても嬉しい気持ちになりました。
(ちょっと自慢入っています!)


どちらのコンサートも、
本当に素晴らしいものでした。

そして、いろいろな意味で、
2回のコンサートは、とても対照的なコンサートでした。
北九州の時は、
声そのものは、
あまり調子が良くありませんでした。
元々ぎりぎりのところで歌っていらっしゃいますが、
声そのものは、
さすがに疲れが出ていたように感じました。

対照的に、今晩の名古屋では、
声の調子は、非常に素晴らしかったです。
まるで、声がどこまで出るのか、
試してみるかのように、
かなり飛ばしていらっしゃったように思います。
音量も一段と大きく、
いつもならばソフトにランディングするところを、
かなり思い切って声を張って歌うことも
ありました。
かなり「野心的に」飛ばしたので、
最後には、ホンの少しだけ
声が割れてしまうところもありましたが、
それも含めて、
素晴らしくエキサイティングであり、
そして深々として、
本当に素晴らしい声でした。


しかし、それでは名古屋の方が、
北九州のコンサートよりも感動的だったか、
名古屋のコンサートの方が勝っていたのか?
というと、
そう単純ではありません。

どちらも非常に感動的でしたが、
心に響くところが、
微妙に異なっていたように思います。


北九州のコンサートでは、
深く深く深く、心に染み入ってきました。

名古屋では、
深く深く深く、心に染みわたってきました。


そして、詳しくは、
また書きたいと思いますが、
声の深さと声の張り、というものは、
深化の過程において、
「絶対矛盾的自己統一」
をしていかなければならないものだ、
と強く感じたのでした。


それにしても、
今まであのような声は、
聴いたことがありません。
あれほど肌理が細かい声、
「粒子」が感じられない声は、
聴いたことも、想像したこともありません。

よく、ビロードのような声、
という表現がありますが、
そんな表現では、到底足りません。
無限のまろやかさで、
無限に浸透し、広がっていく、
限りなく優しい声・・・


どう表現したら良いのかわかりませんが、
とにかく、
こんな声を今まで聴いたことがありません。

どのような距離をも衝いて、
無限のまろやかさと優しさが
真っ直ぐに届いてくる、
そういう声です。
このような場にいることができたことを、
本当に有難く思います。
そして、それを可能にしてくれた
鹿児島校の皆さん、
また名古屋の皆さん、
本当に有難うございました。

また、終演後、べーさん、ピアニストの松崎さんも、
すぐに「ながまつさん」と声をかけてくださり、
(これもかなり自慢入っています)
とても暖かい気持ちに包まれながら、
会場を後にしたのでした。


次は、28日、大阪で、
今回最後の講演があります。

心情的には非常に行きたいです。
しかも、トータルすると
30人近くの人がいらっしゃいます。


しかし、その翌日は、
いよいよ国際セミナーの講師、
Dinesh Chauhan先生がいらっしゃいます。
そして、また素晴らしい1週間が始まります。

私の本来の活動に戻ります。
楽しみにしてください!


つづく

2009年10月15日

ベーチェチョルさん (2)

そして・・・・・・・
ついに、奇跡が起こったのです。

べーさんは、歌手として復帰しました。
その様子は、先日のTVでも放映されました。
http://www.youtube.com/watch?v=kpr-JV0_HI4

そして、私もべーさんのコンサートに、
2回行ってきました。
卒業式の授業でべーさんを知ったAさんが、
知らせてくれたのです。

Aさん。
知らせていただき、本当に有難うございました。
あれほど感動したコンサートは、
記憶にありません。
その時の様子を書くには、
少々お時間を頂戴しなければなりません。

しかし!
このブログを読まれた方は、ぜひぜひ!!!
コンサートに行って下さい。
万難を排して?!
行って下さい!

東京で2回コンサートをやりましたが、
その次は、
何と今日15日が仙台、
21日が北九州、
23日が名古屋、
28日が大阪です。
詳しくは、
http://www.voice-factory.com/main/log/eid128.html
でみてください。


先日、東京でのコンサートの後、
べーさんファンクラブの「べーさんを囲む会」があり、
私も行ってきました。
つまり、私もファンクラブに入った!ということです!
生まれて初めてファンクラブなるものに入ったのですが、
入って本当に良かったです。

その時の様子もまた書きますが、
べーさんとも、ピアニストの松崎さんとも、
本当に近しくお話できて、
良かったです。
お二人とも、素晴らしい素敵な方でした・・・


その時に会員の一人一人が話したのですが、
私もいろいろと思いをお話しました。
卒業式などの授業で取り上げたこと、
その時に、生徒が流した涙は
1トン! にもなったであろうこと・・
・・・まあ少し脚色入っていますが・・・
そして、今回のコンサートで
どんなに感動したのか、
などいろいろとお話しました。

そして、私だけでなく、
「陰ながら」応援している生徒が大勢いる!
と申しました。

その時、輪嶋さんがすかさずこう言いました。
「陰ながら・・・それが一番いけません!
陰ながら・・・確かにそれも力になっていないわけではないけれど、
陰ながらではなく、『はっきりと!』力になって下さい!!!」
と言われました。

確かにそうです。
本当にその通りです。
輪嶋さん自身、
「陰ながら」ではなく、
「はっきりと!」支援されたのです。
だからこそ、ここまでの奇跡が起こったのです。

私はすっかり「改心」し、
「はっきりと!」力になることを決意したのでした・・・

ですから、このブログを読まれた皆さん!!!
「はっきりと!」べーさんを応援して下さい。

その第一歩は、まず、コンサートに行くことです。
そして、CDや本を買って、サインをもらい、握手をしてもらって下さい。
また、できるならば、ファンクラブに入ってください!

http://www.voice-factory.com/main/log/eid123.html

特にまだ発足から間もない今ならば、
きっと近しくお話し、
力になり、また力をもらい、
素晴らしい交流ができると思います。

また、べーさんについての情報は、
http://www.voice-factory.com/main/sb.cgi?cid=10

でご覧になってください。

なんだか、とても「怪しい」雰囲気になってきましたが、
これは本当に心からのお願いです。

これはそのままホメオパシーに
そのまま繋がること、
すなわち、人生の質を上げること、
そのものに直結することだと感じます。

コンサートの感動について、
またファンクラブの集いで感じたことを
次回に書きますが、
まずはコンサートでお会いしましょう。


つづく

2009年10月13日

ベーチェチョルさん (1)

2008年2月8日のことでした。
NHKの番組予告を何気なく観ていた私は、
ベーチェチョルさんという
韓国のテノール歌手の番組があることを知りました。
アジア最高のテノール歌手、
100年に一人のテノール、
と称された素晴らしい韓国人歌手が
こともあろうに甲状腺ガンに冒された。
予想外に病状が悪く、
声帯を動かす神経2つと横隔膜の神経を
切断せざるをえなく、
命は取り留めたものの、
声を失った、という悲劇、
そしてそこからの回復への闘いの
ドキュメンタリーという予告でした。


その番組を観た私は、
卒業式の時の授業で使うことを決めました。
それほど素晴らしい番組だったのです。

番組の冒頭は、
ガンに冒される前の日本でのコンサートの様子でした。
有名なNessun Dorma 「誰も寝てはならぬ」。
その輝かしい声、
哀愁のある深い声、
圧倒的な音量。
「黄金のトランペット」と呼ばれた
マリオ・デル・モナコを凌駕するのでは、
と感じるほどの素晴らしい声でした。

その素晴らしい声は、
http://www.voice-factory.com/main/sb.cgi?pid=16
で映像を見られます。

しかし、その声が失われました。
大切な3つの神経が切断されたのです。
輝かしい、歌手としての声どころか、
普通の話し声さえも
出なくなりました。
声帯を閉じる神経の片方が切断されているので、
もちろん思うように声が出るはずもありませんし、
声の高さを調整する神経も切断されているので、
歌を歌えるはずもありませんし、
横隔膜の片方の神経も切断されているので、
肺に十分な空気を入れることもできません。
片方の肺は、萎縮していました。

その時に立ち上がったのが、
べーさんを日本に紹介した輪嶋東太郎さんでした。
輪嶋さんは、
べーさんのような声に一生の間に出会うとは
夢にも思っていなかった、
と言われます。
輪嶋さんは、べーサンの声に、
そしてべーさん自身の人間に、
本当に大きな感銘をうけていらっしゃったのです。
輪嶋さんは、東奔西走され、
声の再建手術の世界の第一人者が
日本にいらっしゃることを知りました。
京都大学名誉教授の一色信彦教授です。

そして、手術は大成功でした。

しかし、一色名誉教授は、
普通に話すことが出来るようにする、
ということはできても、
プロの歌手、
しかも100年に1人の歌手とよばれるような、
超弩級の声を再建するということは、
それはもう完全に不可能、
だと言われていました。
もちろん、どう考えても、
そんなことはできそうもありません。
話す声は、随分と良くなってきましたが、
プロの歌手として復帰するのは
夢のまた夢です。

しかし、べーさんは
諦めませんでした。

毎日毎日散歩する森の中で、
懸命に発声練習をします。
ある程度の声は出てきましたが、
まだまだ歌手の声にはほど遠いものでした。

横隔膜もまた大きな問題でした。
そこで、一色名誉教授から紹介されたクリニックに行き、
横隔膜を動かすマッサージを受けます。
これも、輪嶋さんの尽力によるものでした。

輪嶋さんには、本当にうたれます・・・


つづく

2009年10月05日

セルフケアーアドバイザースクール (2)

ハーネマンは、主著オルガノンの中で、
何度も繰り返し述べているように、
真の医療者は、
unprejudiced observer (偏見から離れた観察者)
であることを、大前提としています。

それではいかにして、
偏見から離れた観察者に近づいていくのか、
すなわち、どのようにして人間を理解し、
宇宙を理解し、
正しい意味で本質的に考えることが
できるようになるのか、
それをハーネマンは、
明確に示しています。

そのような能力は、
生まれながらの能力では決してなく、
訓練をしなければ、
決して身につかないと言っています。
そして、プラトンやソクラテスなどの
ギリシャの古典を精読し、対話的方法で
思考と感情を磨き抜き、融合していくこと、
などなど、具体的に示しています。

私ども、ハーネマンアカデミーでは、
このことを何よりも大切にしてきました。
知識は、次第に蓄積していくことができますが、
智慧は、最初から磨き抜いていかなければなりません。


しかし、残念ながら、
ほとんど全てのホメオパシースクールは、
いわゆるお勉強しかしていなく、
人間を磨くこと、
自らの偏見のフィルターを磨くこと、
については、
何もしません。

それは、大変なことであるだけではなく、
それを教えられる人がいないからです。

良く言えば、自覚に任せる、
ということになりますが、
確かに、中にはそれなりに磨かれていく人もいます。
しかし、そういう人は、
100人に1人くらいなものだと思います。


ですから、そういう学校で学んだ人のほとんどは、
ハーネマンの言っている、
本来のホメオパスではないことになります。
つまり、通常ホメオパスと称している方たちは、
ホメオパスではなく、
セルフケアーアドバイザー
に改称する必要がある!!!
ということになります。

しかし、そういうわけにもいかないでしょう・・・

今までホメオパスと称してきたわけですから、
今更それを引っ込めてください!
ともいきにくいでしょう。

そうすると、ややこしいですが、
ハーネマンアカデミーの「セルフケアーアドバイザー」は、
一般にいうホメオパスに相当するので(実際にはそれ以上)
名前も
セルフケアーアドバイザー
というよりも、
ホメオパス、
という名前がふさわしいかもしれません。

しかし、そうなると
現在、私たちがホメオパスと呼んでいる名前は、
変えなければならなくなります。

実は、それも考えてはいますが、
それもなかなか難しいですね・・・

将来の課題です・・・

それはともかく、
それでは、SASにおいては、
1と4の人間理解はどのようになるのか・・・

1年では、とてもそこまではできません。
しかし!
4年制コースにおいては、
人間理解の授業がゆっくりと展開されますが、
SASにおいては、
授業の全てにちりばめられている、と申し上げましょう。

つづく

2009年10月04日

セルフケアーアドバイザースクール(1)

さて、いよいよこの10月から、
セルフケアーアドバイザースクールが始まります。

このコースについては、以前のブログで紹介いたしました。
http://www.hahnemann-academy.com/blog/2009/02/


学校案内やそのブログには、
あからさまには書いていませんが、
このコースは、一口に言って、
世界のほとんどの学校が、
プロフェッショナル・ホメオパスコースとしているコースと
ほぼ同じというか、
実際的には、それ以上のコースだと思います。


このスクールは、当初ライブ授業を考えておりました。
ライブ授業が基本だからです。
しかし、この画期的なスクールを受講していただくのに、
東京近郊の方しか受講できない、というのは、
残念すぎる、という声が多く、
いろいろと考えた末、
まず最初は全国、全世界、
どこにいても受講できる、
ネット授業にしようということになりました。

ただし、ネット授業しかやらない、
ということではなく、
最低限、ネット授業があり、
それにプラス、
ライブ授業もあります、
ということです。


8月から、ビデオ撮りを始めました。
その結果ですが・・・
最初にイメージしたよりも、
一段と本格的なスクールになったと思います。

最初に申し上げたように、
コースの内容は、
一般の3年制、4年制の学校よりも
ずっと優れているものだと思っています。

本来、ホメオパスとは何か、
ということを、
ハーネマンは明確に定義しています。

ハーネマンは、ホメオパスは、
以下のことが出来なければならない、
と明確に定義しています。

1.患者の何が治癒されなければならないか、を
明確に洞察できる。

2.レメディーの知識

3.患者の症状の全体像と、レメディーの症状の全体像を
合わせたり、投与の回数、間隔を最適にすること。
また、正しく調製したレメディーを使うこと。

4,治癒の妨げになることを洞察し、取り払う術を心得ること


私の知る限り、日本はもちろん、
世界においてもこの4つをきちんと教えているところは、
ほとんど存在していないと思います。

ほぼ100%の学校では、
2と3のことしかやっていません。
いわゆるお勉強のところだけです。

1と4は、人間を理解すること、洞察すること
ということになります。


つづく

2009年09月15日

大阪校 卒業式

先週末は、
大阪校の卒業式でした。

手前味噌ですが、
ハーネマンアカデミーの卒業式は、
一般的な卒業式とは
ひと味もふた味も違う、
本当に感動的な卒業式だと思っています。

ただ単に卒業証書を読み上げるのではなく、
ただ単に一般的な祝辞をするのではなく、
一人一人について、
心のこもったご紹介をし、
またそれに応えて、
卒業生の一人一人が
4年間の思い出をしみじみと語り、
また在校生へのメッセージを送る。

卒業生も、在校生も、
一人一人が主役になる、
本当にそういう卒業式です。


そして、天井先生のヴァイオリン演奏は、
ハーネマンアカデミーの卒業式とは、
もはや切っても切れない関係になりましたが、
今年はまたユーモラスかつ感動的な
エピソードを披露してくれました。

ヴァイオリンを最初に手ほどきして下さり、
ずっと長年にわたって教えて下さった先生が、
突然お亡くなりになったという話を聞いて、
悲しみのなかで、弔電を打った直後、
電話がかかってきたそうです。
それが何と! 
その先生から!

「私は未だ死んでおりませんが・・・・・」

お電話を受けられたご家族の
聞き違いだったそうですが、
何十年ぶりに恩師とお話ができて、
万感の思いえぼろぼろと涙が流れてこられた、
とのこと。

その時に、恩師はこう言われたそうです。
「ぜひあなたの子供たちに、教えてやってくれ」
と。

恩師は、
「自分があなたに教えたことを、
今度はあなたが次の世代に、
あなたの子供に、
教えてやってくれ!」
と言われているのだな、
とお感じになられて、
とても嬉しかったそうです。

最近、ホメオパシーソリューションでは、
ほぼ毎日のオルガノン講読の
スカイプ中継・・・ちょっと1週間ほど休んでいますが・・・
をはじめ、
SASのヴィデオ撮りにも
多くのソリューションメンバーが参加され、
また全国のメンバーのみならず、
遠くはカナダにもスカイプ中継をしたりしています。
その様子を天井先生は観ているうちに、
そのヴァイオリンの恩師からいただいた言葉と響きあい、
「あーここまできたんだ」
と感無量の感があったそうです。

(おぼろげな記憶を元に書いていますが、違っていたら、天井先生ごめんなさい)


そのお話を聞いているうちに、
正に森有正の「体験」と「経験」の話を思い出しました。

http://www.hahnemann-academy.com/blog/2008/06/post_12.html

このブログの最後に書いたこと、

「人が本当に生きてゆくこととは、
自分の「体験」を「経験」に深化させてゆくこと、
そして、その「経験」を社会に向けて開いてゆくこと、
自分の「経験」を他の人とわかちあうこと。
だから、私は「学校のようなもの」をやっている。

それを忘れないようにしよう。」

それを、改めて痛感した卒業式でした。


それに・・・ミックが書いてしまったのですね・・・

実は、ずっと昔・・・30年くらい前に、
少しばかり歌をやっておりました。
そして、15年くらい前に、
一ヶ月ほど・・・というか数回ほど、
専門家にヴォイストレーニングを受けました。
それ以来、ほぼ歌っておりません。

が、
以前からまた歌いたいなーとは思っておりました。
それで、卒業式が終わろうとするときに、
「実は、練習していれば、卒業式に何か歌おうと思っていたけれども、
まったく練習していないので・・・」
と言った途端、
嵐のような拍手が起こってしまい、
何かやらざるをえなくなり、
まったく発声練習も何もないままに、
歌の中でも最もハードな曲を、
中途半端に発声練習として
やってしまいました・・・・・

何とも言えません・・・
録画されているとも知らず・・・

まあでも、次の卒業式の時には、
少しばかり練習しておきます。

ともあれ、
本当に素晴らしい卒業式になりました。
有難うございました。

2009年08月27日

オルガノン (1)

このところ、毎朝のように、
ホメオパシーの原点である、
オルガノンの講読をしています。
ライブまたは、スカイプで、
基本的にホメオパシーソリューションのメンバーに対して、
実況しています。

朝5時からの時と、
6時半からの時とありますが、
8時過ぎまでをめどに、
1時間から3時間読んで、詳しく解説します。

いわば、ラジオ体操ならぬ、
オルガノン体操で、
一日が始まるのです。
実に気分の良いものです。


以前、亡きパブロ・カサルスという
チェロ界の巨人のエピソードを読んだことがあります。
カサルスの一日は、
まずバッハの無伴奏チェロ組曲を
弾くことから始まったそうです。

バッハを弾くことから1日が始まるなんて、
何と贅沢な一日の始まりなのでしょうか!


バッハの無伴奏チェロ組曲は、
6つの組曲からなっています。
それぞれの組曲が6つの曲から成っています。
毎朝起きると、6つの組曲から1つを選んで、
1つの組曲を全曲弾いたのだそうです。

それを、若い時から亡くなるまで
60年以上も続けていた、
というのです。

カサルスは、
単なる練習曲としか思われていなかった
バッハの無伴奏チェロ組曲の真価を見いだし、
演奏会で全曲を弾いたことから
偉大な名曲として認識されるようになりました。

それにしても、毎朝この曲を弾いて一日が始まるとは!
私もチェリストになりたい! 
と羨望の眼差しでいっぱいだったのですが、
考えてみると、
私にはオルガノンがある!

何度も読んでいるオルガノンですが、
まるで初めて読むような発見の連続です。
本当にハーネマンという人は、
すごい人だと改めて思います。

2009年08月12日

国際セミナーおよび11月からの新コース (3)

そういう創始者たちが独創的な研究を進める一方、
それを検証したり、
理解しようとする方たちもいました。

そして、そういう中から、
素晴らしい「教科書」を書く人も出てきました。
さまざまな独創的な思想を
根本的に理解し、
解体し、
その意味するところを、
再定義して、
独創的に再構築する人たちです。

相対性理論や量子力学を創造(発見)した
アインシュタインやニールス・ボーアたちの
論文や著書、講演集も、
もちろん創始者ならではの、
素晴らしい魅力に富んだ、
わくわくする独創性をもちろんもっています。

しかしまた同時に、
創始者は、自分の考えに囚われてもいるので、
ある特定の視点にのみ囚われがちでもあります。

人が自分自身のことを、一番分からないように、
自分の思想の意味するところを、
すみずみまで、理解しているわけでは
必ずしもありません。
ちょうど、作曲家の自作自演が、
必ずしも最上の演奏ではないように。


そして、人は自分自身のことは分からなくても、
他人のことは分かりやすいように、
創造者が発見した法則の意味するところを
思いもしないところから独創的に光をあて、
宇宙のさまざまな普遍的法則との
深い繋がりを洞察し、
再構築する、
普遍的かつ独創的な「再構築家」が出てきたのです。

ヘルマン・ワイルの「空間・時間・物質」、
ゴールドスタインの「古典力学」
ランダウ=リフシッツの「理論物理学教程」
パウリの「相対性理論」
ゾンマーフェルトの「物理学教本」
ディラックの「量子力学」・・・
さまざまあります。

その中には、
ノーベル賞を受賞したような
それなりに独創的な研究をした人も含まれますが、
その本領は、「独創的な再構築・再定義」
にあると思います。

Dr.Dinesh Chauhan に感じるのは、
この「独創的な再構築・再定義」です。

20年来、ホメオパシーの世界は、
「新しい考え」の嵐が吹き荒れています。
今日はこのことには触れませんが、
その中には素晴らしいものもあり、
また素晴らしくないものもあります。
Dr. Rajan Sankaranは、
その「新しい考え」の
リーダーの一人です。

Rajan の講義は、素晴らしい洞察に満ちています。
とてもユーモラスです。
エンターテイナーでもあります。
そして、びしっと鋭い洞察が入ります。
彼の授業は、いつもエキサイティングなものです。

しかしまた同時に、
Rajan のエキサイティングな授業は、
「深刻な病」も引き起こします。

Rajan のスキルには
どれだけの長い修練に
裏付けられているか、
ということに気がつかず、
たった数年間学んだだけの初心者が、
私にも出来る、
私にやってみよう!
と表面だけの猿真似をして、
悦にいっている人が
大勢出てきたのです。


しかし、Dr.Dinesh の場合は、違います。
彼の講義は、非常に考え抜かれた卓抜なものですが、
宇宙の根源的構造、
人間の根源から再構築された、
極めてグラウンディングしている、
優れて哲学的、実際的な講義です。

まさに、正しい意味での
「普遍的独創的な教科書」のような
そういう授業なのです。

日本でも4年前から3年間かけて、
大阪で連続講義を行っていました。
その時の講義も素晴らしいものであったと聞きます。

その間に、彼は世界中で講義をするようになりました。
欧米、東欧、南アでも、
彼は大きな経験を積んでいきました。

今度の国際セミナーでは、
一段と素晴らしくなり、円熟して油の乗りきった
彼の講義をを聞けるものと、
大きく期待しています。

そして、この国際セミナーは
3年間のコースの
新たな幕開けでもあります。

宇宙の根本から説き起こし、
医療の始まりと意味、
ホメオパシーの始まり、
発展、課題、そして新しい試みについて、
ケースを通じて
その哲学、臨床を解き明かす、
素晴らしい連続講義になります。

お申し込みも、まもなく受け付け始めます。

ご期待ください。

2009年08月10日

国際セミナーおよび11月からの新コース (2)

物理学は、19世紀には、
ほぼ完成されて、
二つの小さな暗雲を除き、
もはや新しいことは、ほとんで残っていない、
とすらされていました。

ニュートンの力学、
マックスウェルの電磁気学、
ボルツマンの熱力学、
もう完全といえるくらい完成し尽くされて、
もう新しい謎はない。
たった二つの小さな謎を除いて・・・

その一つの謎がアインシュタインの相対性理論となり、
もう一つの謎が、量子力学に発展したのでした。

一つの謎は、

精密な実験物理学者
マイケルソンとモーリーの実験結果でした。
当時まで、絶対的に存在するとされていた
「エーテル」の存在証明をしようとした実験です。

「エーテル」とは、宇宙をひたひたと満たす普遍的な媒質です。
その存在を証明するのに、
ドップラー効果を使いました。・・・・・・・

と書きかけましたが、
物理学の説明は、またの機会に致しましょう。

ともあれ、
相対性理論にしろ、量子力学にしろ、
それまでの古典物理学の根底を揺るがす、
極めて大きな革命であり、
また世界観、宇宙観、科学観に、
極めて大きな変革を迫るような、
大事件でした。

その革命の時代には、
数多くのヒーローがいました。
その一人はアインシュタインであり、
ニールス・ボーアであり、
シュレディンガーであり、
ハイゼンベルグでした。

つづく

国際セミナーおよび11月からの新コース (1)

いろいろと宿題がたまっています。

昨日の「稚い日」の続きもありますし、
「定番の疑問集」もそのままになっています。
いつも授業などでお話していることなのですが、
まとまって書こうとすると、
なかなかエネルギーがいりますね。


お盆の間に、少し疑問集にもお答えしようと思いますが、
今日は、11月の国際セミナーと
それに続く新コースのことを書こうと思います。


Dr. Dinesh Chauhan
この方が、今年の国際セミナーにお招きした方です。

Dinesh との初めての出会いは、
約5年前でしょうか。
英国で、妻の幸和が
インドから若くて素晴らしいホメオパスが来る、
と聞いて、セミナーに出てみたのでした。

するとそこには思いがけず、
ミッシャ先生をはじめ、
旧知の先生たちがずらりといました。
そして、セミナーは素晴らしいものでした。
ミッシャ先生も、
絶賛されていました。
「見たかい。彼は素晴らしいだろ」と。


そして、それから半年後に初めてお会いしたのです。
お会いした後、
彼が大好きなあるインドレストランで
ゆっくりとお話ししました。
とても深く話しが合いました。
ホメオパシーはもちろんのこと、
その根本をなす自然哲学、科学についても、
何だか「瓜二つ」・・・とまでは言わないまでも、
基本的思想、説明の仕方に至るまで、
とても深く共鳴し合ったのでした。

それ以来、
いつか彼のコースをすることを、
ずっと考え続けていました。
しかし、その前に
また違う面から、
Kim先生に2年間来ていただなければ、
と思い、2年間はKim先生に来ていただきました。

そして、満を持して、
今年の秋から始めることにいたしました。


現在のホメオパシーの状況は、
今から100年前の物理学の状況と
よく似ていると思います。

つづく

2009年08月09日

稚い日 (1)

森有正がパリから発した最初の書、
「バビロンの流れのほとりにて」の冒頭にこうあります。

「一つの生涯というものは、
その過程を営む、
生命の稚い日に、
すでに、
その本質において、
残ることなく、
露われているのではないだろうか。
僕は現在を反省し、
また幼年時代を回顧するとき、
そう信ぜざるをえない。
この確からしい事柄は、
悲痛であると同時に、
限りなく慰めに充ちている。
ヨーロッパの精神が、
その行き尽くしたはてに、
いつもそこに立ちかえる。
ギリシアの神話や旧約聖書の中では、
神殿の巫女たちや予言者たちが、
将来栄光をうけたり、
悲劇的な運命を辿ったりする人々について、
予言をしていることを君も知っていることと思う。
稚い生命の中に、
ある本質的な意味で、
既にその人の生涯全部が含まれ、
さらに顕れてさえいるのでないとしたら、
どうしてこういうことが可能だったのだろうか。」


この冒頭の文章は、
長い間、ずっと気になっていました。
どうしてそんなに気になるんだろう。
文章の意味そのものは、
一応了解できるのに、
何がそんなに気になるんだろう・・・

その理由が分かったのは、
ホメオパシーを始めてからでした。

続く

プロフィール

1958年生まれ。山口県出身。ハーネマンアカデミー学長。慶應義塾大学工学部卒 業後、コロンビア大学、パリ大学で哲学、文学、物理学専攻。家業の鉄鋼業を経 営するうち、金属の変容・変態と人間の変容との類似に気づく。英国にわたり、 ホメオパシーと出会う。1997年、ハーネマンアカデミー設立。日本ホメオパシー 振興会主宰。

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